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ゲインの誕生秘話 その1

今日は、なぜゲインという会社が生まれたのか、その理由を公開しようと思います

ゲインが誕生したのは2004年です

その前までは、普通のどこにでもある「材木屋」でした

社歴は50年を超え、事業規模としては工場やゼネコンを取引先に

年商は5~10億円でした


今のゲインの年商は1億円どころか、遥かその下を行っています

5億円以上の売上根拠となるゼネコンとの取引を捨てると

通常は街の工務店や大工さんを相手にするのですが、

ゲインでは、その関係も断ち切りました


その動機は、これまで当たり前と思われている建築世界での

取引や発注受注のあり方に疑問を持っていたからです


また当時の「材木屋」の業界内での地位の低さに愕然としたことも

この世界の歪みに対する憤りに火を点けました


でも実際の材木屋の業務とは、到底材木屋とはいえない

ただの御用聞きであり、便利屋であり、ドカタも敬遠するブルーカラー労働でした

木屑で汚れ、長さや角材で手を切りやすく、またどんな現場でも

肩に担いで「納品」することが、無料奉仕としてまかり通っていました


工務店には、「すぐに持って来い」とか、大した理由もないのに

適当に取替を指示されたり、その挙句代金を踏み倒されることもあり

とんでもない業界の中で、屈辱的な仕事と地位を強いられていました


そんな世界に疑問を持つ材木屋が少なかったことも

問題を難渋させることになります


もうひとつの問題点は、利益率の低さでした

材木屋に非常識な要求をして、過当競争気味のために

値引きはもちろん、無償サービスや時間外納品を要求されても、

取引を「浮気」されることを恐れて、しぶしぶ従ったために

あれほどきつい仕事をしているにも拘らず

粗利率が15%とか、せいぜい20%ぐらいしか取れないと

自ら利益の天井を作ってしまっていました


そんな極めて不条理で不公平な中で

突然ゼネコンや工務店が「不渡り」を出して倒産することもよくありました

ただでさえ利益率が少ないのに、数百万円も焦げ付いては堪ったもんではありません


多くの材木屋や建材屋は、焦げ付いた分を補填するために

金融機関から借入を増やして、当座をまかなうことが多かったのです


焦げ付きが増えるたびに、借金も比例して増えていく

右肩上がりの時代ならまだしも、不景気がつづくと

売上は低迷するわ、借金の返済に追われるばかりで

これほど不可解で不条理な業界はありませんでした


こんなことをしていては、まともな事業展開などできるわけがありません

将来性のない業界です

ホントの知識や経験を持っていても生かす場所がない

営業といっても、専門知識での商品の紹介をするのではなく

夜飲み事に誘い、いわゆる「飲ませえ食わせえ」で

酒を通じて「親しく」なることが目的の営業なのです


下手をすれば、物品を贈ったり、袖の下も横行していました

私も数十年前に、ある現場監督に求められてパソコンを贈ったことがあります


果たしてこんなことをしていて、何が「世のため人のため」になるでしょうか?

そこで思い悩んだ結果、私をあることを考え抜き

ある結論を導き出したのです


この続きは、また後日で




by MUKUZAIKENKYU | 2015-09-08 14:33
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