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日本人の森林に関する考え方について

 家・住まいの教養 その11は次回から再開します。

 前回のコーヒーブレイクで述べたように、世界の樹に対するエネルギー依存率は、途上国では50%、欧米先進国では20%、そして日本は0.8%という異常な結果は、日本の法律や行政のあり方だけでなく、昨今の日本人の心性にも起因しているのではないかと思います。

 日本では、森林というのは怖いところ、妖怪が徘徊する魑魅魍魎の住むところという意識が高いようです。または神聖な場所だから侵してはならない地域とも捉えている人が多いようです。

 これが欧米では、森林はforest→for restという意味で癒しの場所と捉えています。トウヒと樅ばかりの森ですので、フィトンチッドが充溢し、確かに心身を癒す効果があると思います。

 日本は温帯地域に属していて、南に行けば行くほど照葉樹林帯が多くなります。針葉樹ばかりではなく、広葉樹は全国に生息しています。

 これは受け売りなのですが、安藤筑波大学院教授のおっしゃっていたことですが、森はマモリだから森、林は生やすから林だそうです。
 これは日本人の感性を表した言葉の使い分けです。

 日本の樹に対するエネルギー依存率が異常に低い原因のひとつとして、樹に対して対等あるいは保護者としての意識が不足しているように思えます。崇めたてたり、むやみに恐れたり、そういいながら必要になれば計画性もなく伐採しつくすことが多いようです。

 森林の保全と資源としての循環は、日本を除く先進国では当然のように実行されてきました。
 森林の放置による荒廃と無計画な乱伐・盗伐はメダルの裏表なのです。


 確かに日本人の家には多くの木が使用されています。また木を使った工芸や調度品は、全国で作られてきました。しかし生活の中に普段から使用されているかというと、そういう意味からは樹とは程遠い生活を送っているのです。

 森林や木に対する意識を欧米化する必要はありません。日本人の遺伝子には木とともに在る生活や木を大切に扱う先人の意思が組み込まれています。

 欧米では森林の木には精霊が宿るという意識があります。日本では山の神の存在を認めても、木に神を見出さない傾向が強いようです。

 日本では、神社の境内で、その神社ゆかりの樹を神聖視するときに「ご神木」と呼んで、崇め奉る風習があります。神棚に添えるのは榊(さかき)です。神の木と書きます。

 しかしながらこの場合は、神道という天皇制に由来した日本固有の宗教から位置づけられただけで、人間の生活文化に融合したものではありません。象徴的な意味づけではあっても、樹自体には無頓着です。 

 森はマモリとして守るだけのものとして考えると、森には手をつけようがありませんが、実際には多くの先人が森を保全してきました。
 守るとはむやみに敬い畏怖することではなく、自然の一部でもある人間が、森林を森林として人のために活かし、自然を生かすこととして人々の生活の中にも積極的に活かされなければならないなずです。

 森林に手をつけてはならない理由として、多くの人が人間が手をつけると森が荒れるから、樹を切り倒すと地球温暖化を促進してしまうからといった無知に基づく誤解や先入観がはびこっています。

 元々日本人が持っている感性と心性を思い起こせば、森林や木への接し方が分かるようになると思います。そして本当の木の生かし方を実践すれば、日本の森林は確実に復活します。

 
by MUKUZAIKENKYU | 2006-03-16 09:20 | 木 無垢材 自然
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