家・住まいの健康 その5

 人間の肉体を支える主なものは骨格であり、筋肉です。

 家や住まいで、これに該当するものは、一般的に構造材と呼ばれている柱や梁・桁、土台になります。工法によって異なりますが、その他に束や母屋、棟木(隅木)も該当します。

 この二三十年間で、これらの構造材がどのように変遷していったか検証してみましょう。

 地域によって若干異なるのですが。一般的な認識として、柱や梁の大きさでは、厚さは最低でも120㎜以上ありました。通し柱などは150㎜の角材でした。それが今ではどれもこれも105mmの厚さが前提になってしまっています。通し柱は規格品が120㎜角で、それ以上の大きさは特注品として取り扱われます。

 これは建築基準法がそれでよいと規定しているところから、建築コストを下げるために、使用する木の総容積を削減することが当たり前のようになっているのです。
 法律が認めている最低限の規格だから、別に問題はありませんが、これを人間が生活する空間を維持するためばかりでなく、家という躯体をより長く維持するという耐久性の観点から見るとどうなるでしょう。

 実際に105㎜厚の規格で家を造ると、通し柱の大きさは120㎜角が使用されます。通し柱は一階から二階まで一本の木で作られています。通し柱とは、家という躯体を一二階を一体化して耐久性を高める役割を担っています。

 ところが、二階の床を作るためには梁や桁を通して、それぞれの柱に緊結しなくてはなりません。通し柱は一本の木(長さは通常は6メートルあります)ですから、一階の梁桁を支えるために、その高さに最低でも二方向から仕口が入ってきます。つまり穴を二方向から開けるのです。そうやって仕口が出来た通し柱には、果たして本来の一本の木として家を支える強度はあるのでしょうか。

 穴を開けた残りの部分は30~35㎜の幅の面がひとつの面に二箇所しか残っていません。
 実際にそうして出来た通し柱を高さ1メートルから落としてみると、簡単に折れてしまいます。

 ホゾの大きさは変わらないとすれば、通し柱の本来の強度を保つためには、最低でも150㎜の角材でなければなりません。
 それでも現状では120㎜角の通し柱が堂々と使われています。

 在来伝統工法の良さは、いろんな見方がありますが、そのなかのひとつとして構造美があります。より簡素にして単純化することによって、無駄をなくしつつ、強度を保つ方法ですから、それに使う木の大きさは重要なポイントになります。

 人間の体でたとえれば、折角親からもらった太い骨からカルシウムを除いて、わざと細くしているようなものです。肉体をくまなく流れる血液は、骨の中から作られているのですが、柱や土台、梁を細くすることは、単純に躯体の強度を去勢しているのです。

 無垢材の柱や梁は人体の骨のような造血はしませんが、室内の湿度を調節するだけでなく、もし火災が発生しても、住人が逃げ出すために十分な時間を作ります。
 そしてある程度燃えても、表面に炭化層を形成して、それ以上の燃焼が進行しないように作用するため、家が崩れ落ちることがないのです。

 でもテレビなどで見る火災現場では、家が崩落しているシーンが見られますが、それは必要な大きさの木で躯体を造っていなかったから起きたことなのです。

 米国産のツーバイフォー工法(輸入住宅だけでなく、ツーバイシックスと呼ぶものも同一)は、ひとつの部材の規格を最低限の大きさにして、仕様箇所に応じて張り合わせて大きく使うやり方ですから、構造美などありえません。
 この工法は木に触れて木を楽しむことは考えていません。

 それにまた、一本一本の規格品の木が実に小さいため、もし火災が発生して、このツーバイ材に燃え移ったならば、瞬く間に跡形もなく燃え尽きてしまうでしょう。

 日本の伝統工法は、元々は木の素朴さや自然の豊かさをそのまま感じ取ることが出来るように工夫した工法ですので、部材としての構造材は、単純さの良さを前面に出すためにも、ある程度の大きさが必要だと思います。

 ツーバイフォー工法の木を割り箸のような規格品とするならば、在来伝統工法の木は最低でも一本一本顔の異なる木でなくてはならないはずです。

 いわゆる木造住宅といって、木を活かさない作り方は、単に住まい手を欺いているだけなのです。こういった基本的なことさえ全く知らない工務店や住宅会社があまりにも多すぎます。
 近くに100件の工務店があるとしたら、90件以上は、そんなことさえ知らず分からずに、「木の家」を造って?いるのでしょう。

 日本の伝統工法は、日本にあってこそ、日本独特の危機に対応して作られています。それは火事であり、台風であり、豪雨であり、地震なのです。もうひとつ付け加えれば、高温多湿という気候風土です。

 だからそれらの危機に個別に対応しているのではなく、総合的に対応しているのが、日本の伝統在来工法なのです。

 それをいつからか日本のエリートダラ官僚と西洋かぶれした知識人が、その本質的な智慧の結晶としてのこの工法をバラバラにしてしまったため、虚弱な家が横行したともいえるのです。
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by MUKUZAIKENKYU | 2006-06-10 14:40
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