家・住まいの健康 その10

 ここで述べている健康とは、そこに住む人の健康についてではありません。家や住まい自体の健康について述べています。

 健康についての最後の章になりますが、健康を保つのは、その骨格であり、素材の良し悪しで決まります。

 価値観が異なればそれでいいということではなく、健康であることで、その幸福を享受するためには、健康であり続けることを見逃してはならないと思います。家でいうと、理想は限りなく長持ちすることです。

 しかしながらこの地球上で永遠不滅なものは絶対にありません。必ず腐朽して、いつかは死滅します。種としての継続性は、生と死とをつなぎ目にしながら、種は維持、そして進化していきます。 
 そしてこの視点を持つことが、家や住まい作りには欠かしてはならないものだと思います。

 人間はやがて確実に訪れる自分の死という経験したくても出来ない経験に対して、宗教的観念を持つことでこれを克服しようとしてきました。
 死を意識できるのは人間だけです。だからというわけではありませんが、多くの文化文明を創造し、人類に多くの遺産を残してきました。

 それはすべてが正しい遺産というわけではありません。自然破壊や戦争、貧富差、支配と服従、有限資源の奪い合いという結果も数え切れないほどあります。

 宇宙の絶対的な法則は人類に対して進化と向上以外は認めませんので、それに反する一切の行いは滅亡するしかありません。世界の4大文明とはいっても、どんなに優れた文明を持っていたとしても、どこかが間違った結果滅亡したのです。

 かなり大きな話になりましたが、これは家づくりの哲学として予め押えておかなければならない点だと思います。

 人間に死があるように、人の手で建てられた家にしても、やがて必ず死が来ます。
 この死を見つめながら家づくりを考えるとき、本物の家づくりの契機が生まれるのだと思います。


 今の日本にあるハウスメーカーや地域ビルダーは、99%がその視点を持っていません。家を造り販売するのですから商売ではありますが、商売に哲学がないと、実に底の浅い目先だけの利己的な欲望を動機にしか出来なくなります。

 20年、せいぜい30年しか持たない家や、建てて5年もしないうちにあちこち修理やリフォームをしなくてはならないような家があまりにも多すぎるのです。
 その原因には、実際に家づくりをする工務店や住宅会社のレベルの低さもありますが、家を求める住まい手自身の意識の低さにも大いに問題があると思います。
 住まい手の意識の低さにつけ込んだ販売をしている住宅会社(建設会社、工務店)が、あまりにも多すぎるのです。

 ここで実際の例を出します。
 私たちが知っているある建設会社(北九州市八幡東区)では、お客さまである住まい手には「知らしむべからず、よらしむべからず」で、本当の中身を伝えず、実にあくどい商売をしている会社があります。
 住まい手はよく文句を言わないなあと不思議だったのですが、調べてみると、融資を断られた住まい手ばかりを相手にしていたのです。

 つまりその建設会社は、普通とても家を手に入れるための十分な資金を持っていず、金融機関からも融資を断られても仕方がない「住まい手」に、お金を貸してやっていたのです。

 表は建設会社で、裏では金貸しをやって、顧客には文句を言わせないような立場で契約をしていたのです。そのせいかその会社の社長は、家のことは全く知りません。むしろあまり興味がないと思います。だから最低の家しか建てません。
 お客さんには文句は言わせない。家の質は最低。その社長は一戸家を建てるたびに、1500万円以下で契約して、最低でも500万以上の粗利益を稼いでいます。
 協力業者には契約段階で叩くだけ叩いた後に、支払日が近づくと、その支払金額から5%分の金額を値切る電話をする趣味を持っています。

 こういう品も格もない商売をする建設会社は、他の建設会社や業界のためにも、この世界から一刻も早く退場してもらわなければならないと思います。
金貸し専業ならまだしも、卑しくも建設会社を名乗り、二重にお金をかき集めているのですから、開いた口がふさがりません。
(続く)
 
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by MUKUZAIKENKYU | 2006-06-25 11:38
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