木の家 家・住まいの精神編 1

 さて家・住まいの精神編に入りますが、前回と前々回のコーヒータイムが書かれていることは、そのための前奏でもありました。

 これまで教養編から始め、健康編を述べてきましたが、精神編は抽象的に流れやすいため、そうならないためのアンカーとして機能します。

 コーヒータイムと称して、「自分らしさとはなんだろう?」という問いに対する答えはこれから始まります。木の家の歴史や伝統を検討することは、多くの学者の文献がありますので、是非それを参考にしてください。

 ①木造建築を見直す 岩波新書
 ②法隆寺を支えた木 NHKブックス
 ③近くの山の木で家をつくる運動宣言 農文協
 ④木と付き合う知恵 地湧社

 入門編として、これらの本は役に立つと思います。その本の内容をそのまま受け入れるのではなく、その背後にある趣旨を汲み取ってくだされば十分だと思います。

 木の家に住むこと、そういう家を求めることは、ある意味自分らしさを見出す行為です。

 そういう意味で家を求めれば、そこら辺に網を張って待っている住宅会社の罠にはまることはありません。

 自分の家を求めるとき、その予算の問題は避けて通ることは出来ませんが、予算に応じた家をつくることを優先するか、自分の望む家を予め決めておいて、それに見合った予算を作り出すことを優先するか、この二つの求め方の大きな違いは、自分の人生をどのように計画あるいはヴィジュアライズできているか、またはしていないかという点に集約されます。

 人生では、自分と他人あるいは他の世界とのかかわりという空間と、経験と記憶という時間、そしてその二つが構成する仮想未来が、いつも同時に動いています。
 希望や期待は、その仮想未来としてヴィジュアライズできる想いのひとつのあり方です。
 白昼夢にはエネルギーはありません。依存心の塊から吹き出たため息のような諦念だからです。

 自分の家を持つということは人生の節目でもあります。その節目に、希薄な思いで臨んでは節目になりませんから、人生を計画という視点から考えられないことになるのです。

 そういう意味から「自分らしさとはなんだろう」と自問することは、自分の家づくりにおいても不可欠なプロセスにもなるのです。空中楼閣でも砂上の楼閣でもいいのです。大切なことは考えることです。

 いろんな人に相談することは悪いことではありませんが、自分らしさを教えてくれる人は自分自身以外にはいないのです。
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by MUKUZAIKENKYU | 2006-07-08 09:48
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