木の家 家・住まいの精神編 2

 私たちのところにお出でになる住まい手の方のほとんどが仰る言葉があります。

 「説明は要らないから、具体的にどうしたらよいのか教えてくれ」と、異口同音に言われます。

 「いや、基本的に、商品やシステムをご理解いただく必要がありますので、」というと、

 「あなたのとこのHPは大体読んだから納得して電話をしているのです。だから家づくりを手伝って欲しい」という返事が返ってきます。

 …ありがたいやら、恐縮するやらです。当会のHPは、順番に従って読むと、おそらく丸一日はかかると思っているからです。でもそこまで真剣にご自分の家づくりを考えておられる方に出会うと、私たちもいやがうえにも燃えてきます。

 私たちは木の専門家ですので、当然木について、木の家についての勘どころというか肝心要について説明して、それをうまく実現するためには、どのような工程を経るか、すべきこととしてはならないことなどを、お互いの会話の中から抽出して、その方にとってもっとも望ましい結論を導き出すようにしています。

 でも最近これだけでは何かが足りない。我々のやっていることの目的は、確かに日本全国にある名も無き産地の素晴らしい木を紹介することだけど、実際にやっていることは、既にこの範囲を超えてしまっている。
 住まい手がこれから建てる家が、心から喜びと安心、癒しを醸し出す、家の空間が住み始めてからどんどん成長していくような本物の木の家を実際に提供していく事業へと変身しつつあることに気付いたのです。

 木の家、本物の情報と本物の素材、そこから生まれる奇跡のような空間は、常に住まい手の本質的なニーズに応えるものでなくてはならないと思います。
 別の言い方をすれば、奇をてらったような○○工法とか、自然とか環境とか耐震とかの部分的なこだわりではなく、もっと基本に忠実で、しかも住まい手の本心のニーズを満足させる想いがなくては、本物ではないということなのです。

 だからその意味では、私たちの提供できる想いの一杯つまった木の製品だけではなく、多くのいろんなニーズにその場で応えられるように、いつも私たち自身を向上させ続けなくてはならないと思います。それは単なる思い込みや思い入れではなく、またこだわり過ぎて自分自身を見失うようなことがあってもならないとも思っています。

 トータルプロデュースという観点から、本物の木の家を捉えなおし、そこに住む人が余計な考えや出費を極力抑えられるような、時が経つにつれ、どんどん良くなっていく家を考えています。

 だからでしょうか、尋ねて来られる住まい手の方には、ご自分の家を本物に、または本心から愛着が持てる自宅にするための、最低限の心構えを、そして日常何を守っていかなければならないかをお教えしています。

 売りっ放しのやりっ放し住宅(建設)会社では、逆立ちしても出来ないノウハウだと確信しています。

 そこに心の底からの想い(哲学)があるか、私心なかりしか、動機、純なるや!


 そのためか最近今までお付き合いしていた建設会社と縁を切りました。お客である住まい手を、お金を融通することで受注に結びつけている会社でしたが、あまりにも住まい手を馬鹿にしていたからです。

 引き渡して1年しないうちに、メンテの依頼の電話がかかってくると、「うちはリフォーム会社ではないので、よそを探してください。」と平気で突き放すのです。再度電話がかかって来ると、「あのねえ、うちは新築専門なんだから、そんな電話されると迷惑なんですよ」と言って、一方的に電話を切ってしまいました。

 無責任を絵に描いたような会社でした。しかもそういうことを社長自ら率先してやっているのですから、開いた口がふさがりません。自分のものは自分のもの、人のものでも分からないなら自分のものというやり方。
 実際にこういう会社が私たちの身近に何軒もあるのですから、住まい手はよほど注意深く依頼先を探さないと、大損失を被ると思いました。

 私は見るに見かねて諫言をしました。すると、その社長は「わたしんとこは貧乏人に家を与えてやっているんだ。本来なら融資も下りない相手だよ、うちみたいな会社には金持ちは来ないよ。一回でもメンテをしてやると、付け上がって何回も言ってくるんだから、最初でガンと言わなければならないんだ。」

 たとえ目の前のお金に困っていても、こんな会社と社長とは二度と付き合いたくないと思いました。
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by MUKUZAIKENKYU | 2006-07-10 10:58
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