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2006年 04月 17日 ( 1 )

ついでにもう一言 荒れた建築市場

 先週、脳みそが沸騰するようなことに出くわしました。

 またしてもやんちゃなゼネコンが相手です。

 どうしてこうも倫理観がないのか、あんたの会社はなんぼのもんですの?と問い詰めたくなりました。

 設計図には、それぞれの指定材が書き込まれているのが普通です。公共工事とかでは、特定の事業者を指定することが出来ないため、必ず「同等品」という言葉が添付されています。

 この「同等品」とは、本来目的に応じたものであれば、検証可能な製品であれば、許可を得れば使用しても良いということになっています。公共工事の場合はそれほど質は下がりませんが、これが民間工事になると、応札する業者のレベルに影響されます。

 つまり本当に良い製品や情報を持たず、普段からあてがわれたものばかりで工事をしていると、それ以上の知識も技術もないために、確実に質の低下を招いてしまいます。

 今回では、国産の○○材が指定になっていましたが、5者入札の末に落札した業者は、こともあろうに、設計事務所や施主さんに相談することもなく、中国からの輸入品の○○材に変えていたのです。

 中国からの○○材! すなわち盗伐材です。小遣い稼ぎのために、やりっ放しの違法伐採を行い、原価はタダだからと、買い叩かれるままに安値で売買したものです。
当然、伐採した後の土地は放置したままです。日本のように計画植林など、ほぼ100%することはありません。

 こういう出所が分からない、ただ名前が同じというだけで、安いから購入するという考え方は、もっとも無節操・不謹慎な行為なのです。

 こんなことを平気な顔をしてやってしまうと、企業の本来の使命を忘れて、たちの悪いブローカーに堕してしまうのです。

 日本の企業は戦後ではもはやありません。戦後の復興から高度成長期を経験し、バブルの勃興と没落を経て、何が正しく、何が過ちになるか十分知りぬいたはずです。

 周辺の公害を撒き散らしている国は、30年前の日本の姿なのです。

 やっていいこととやってはいけないことの分別をわきまえた日本の企業であらねばならないはずです。だからこそ国内においても海外においても信頼され尊敬される企業になることが出来るのです。

 日本の建築業界では、いまだに安くなるなら、人を殺しても買うという風潮があります。人を殺すという表現は物騒ですが、俗に言う「下請け」業者を潰しても、その生産元が麦飯しか食えなくても、自分だけは美味しいご飯を食べるという発想では、誰からも面従腹背の付き合いしかしてもらえなくなるのです。

“自分さえ良ければ、後は知ったことではない!”という発想。
 どこの国にもあることですが、日本人は世界的に最も礼節に優れた国のひとつだったはずです。

 河川敷で打ちっ放しのゴルフの練習をする連中と道路でスケボーに興じる若者、立ち歩き食いをして、ゴミはそのまま道路に捨てる連中、タバコや痰をお構いなしに吐き捨てる連中、老若男女皆同じです。

 自分の行為が結果的にどのような影響を周囲に及ぼすかを常に考えながら行動すること。そして最善の影響を与え、また最善のオファーをいただくために、自分を律する。それが品格というものです。

 本当の真実とは、この製品を造る産地にこそ、正当なお金をたっぷりと支払うのでなければならないのです。産地が疲弊しては、後々まともな製品を手に入れることが出来なくなるからです。生産元こそを、もっとも大切にしなければ、業界の本当の質の向上は永遠に不可能なのです。

 買う方が、つまりお金を払う方が偉いのではありません。

 本当のお金の使い方を知っている人なり企業は、価値に見合ったお金を出すことを厭いません。そういうお金を支払うことによって、将来にわたって、支払った先の人や企業から優先的に多くの情報と質のいい製品を手に入れることが出来ることを知っているからです。

 涼しい脳みそと高い倫理観に基づいた矜持を持って、価値に応じた正しい行いをしなければならないと思います。正しいとは、本心良心ということです。

 無節操に海外から輸入材を購入することは、日本の市場を汚し、ひいては世界の自然破壊と地球温暖化に手を貸すことにつながることぐらい、まともな脳みそと心を持っていればだれにでも分かることです。

 分かるということは、していいこととしてはいけないことが分かるということです。

 であれば、落札したゼネコンさんは、それが自社の積算ミスによってたまたま落札できたという事実を認識して、自分がすべて被ることを潔しとしなければならないはずです。

 元請業者が勝手に使っている「下請け」業者という協力業者に、その付けを全面的に押し付ける行為は、どう控えめに見ても立派とは言えません。
 一般的には、こういった行為をすることを、日本語では無節操とか、変節とか、あるいは卑怯と呼びます。
by MUKUZAIKENKYU | 2006-04-17 10:12