人気ブログランキング |

2006年 04月 30日 ( 1 )

家・住まいの教養 その17

 前回に続いて構造材としての鉄と木の比較です。

 前回ではそれぞれの特性として熱の伝導率、耐熱性、磁化度、静粛性などについて述べました。

 今回は、その強度についてです。

 強さでいうと、誰にも理解できるように鉄の方が強いと思うはずです。引っ張り強度などでは木の方に軍配が上がるのですが、しかしながらそれ自体の硬さという意味での強度(硬度)では鉄が断然強い。

 また鉄筋を組み入れたRC造という鉄筋コンクリート製の建造物は石の強度で出来ているといってもいいでしょう。

 このRC造はコンクリートに含まれる水分の質が決め手になります。この水分に塩分などが含まれると鉄筋は酸化して、つまり腐れて膨張します。膨張する結果、躯体であるコンクリートを内部から押し広げ、亀裂を発生させることになります。

 この亀裂から外部の空気や水分が流入して、更に鉄筋の腐朽を促進させます。それだけではありません。コンクリートの成分であるポルトランドセメントと砂利砂を分解していき、セメントミルクと呼ばれる白濁した成分を水分と一緒に溶出していくのです。

 鉄とコンクリートとの相性は本来いいはずなのですが、その成分を間違うと、いわゆる「強度偽装」問題より、遥かに広範囲な問題になります。

 なぜなら戦後の建築ラッシュのために、良質な川砂を取り尽してしまったため、海砂を使用したRC造の建築物はそこかしこに建てられているからです。基準法ではこの海砂は塩分を落すために洗浄して使用しなければならないことになっていますが、果たしてどこまで遵守されたのか大いに疑問の残るところです。

 さて鉄はその特性を生かして使用する分は、実に重宝で優れた素材ですが、最近の戸建て住宅に、木造住宅と称しながら鉄を使用している家が一部のメーカー主導で造られています。

 なぜ鉄を使っていながら木造住宅と呼ぶのか。

 構造材としての柱や梁などに「木」を使っているからという理由でした。

 よく調べてみると、彼らのいう「木」とは小さな木片を接着剤で成形処理したいわゆる集成材のことでした。

 私たちが指す木とは、あくまで自然のままの特性を持つものとしての木です。集成材を木と呼ぶメーカーの発想には、実に自然に対する無知と技術依存の傲慢さを感じます。
 集成材は、せいぜい「木質建材」と呼ぶしかありません。

 ある大手ハウスメーカーに「木質パネル工法」として、やはり木造住宅と名乗っていました。実際には合板製住宅です。その意味で、先の集成材を使用した家は集成材製住宅と呼ぶべきだと思います。

 そしてこの集成材製住宅は、その集成材の柱や梁同士が直接組み合わさっていませんでした。

 何で組んでいるかというと、つなぎ目はすべて鉄製のジョイナーを使用しています。

 鉄製のジョイナーで造った家だから、一般的な木造住宅よりも強いと言っていました。・・・無知とはここまで傲慢になれるものかと呆然とします。

 先ほどの硬度でいうと、鉄の方が木より断然高い。それは別の見方をすれば木は鉄に傷つけられるということです。構造材として集成材という木の性質がまるで失われた材料を使い、それを鉄でつなぐ。

 日本の伝統的な工法は在来工法とも呼ばれる釘を出来るだけ使用しない木同士がしっかりとかみ合わさるように、木の表面を彫り仕口を作って築き上げます。日本の気候風土が年間を通じて高温多湿で、また梅雨という独特の季節を持っているため、その条件に適した工法を先人は築き上げてきたのです。

 この工法は元々「軟構造」を前提にしています。RC増の建物は硬構造といいます。この軟構造は台風など強烈な風や地震などの振動に対して、その衝撃を吸収してかわす構造です。強風などで一瞬風方向にほんの少し動いても、風が止むと元に復元する構造なのです。

 その構造を維持するためには、木同士を仕口によって組合せ緊結しなければならないのです。それを先ほどの「木造住宅」が木同士を鉄製ジョイナーで緊結したら、木は一体どうなるでしょうか。木同士はバラバラな状態で、遥かに硬い鉄によって緊結されると、強い衝撃や振動に対して鉄自体はそのままですが、木は鉄によって変形させられます。

 本来軟構造である木造住宅に鉄をジョイナーとして使用することは、軟構造を否定しています。だからといって硬構造ともいえません。単なるアイデアの域を越えない代物であるこの折衷工法では鉄の特性や木の特性も活かしているとはとてもいえません。

しかもその木は木ではありません。集成材です。

 鉄製のプレートに木を差し込んでボルトで締めて終わりというやり方は、木を傷めているだけです。だから普通の木では持たないため、データで確認されただけの保証書付き集成材を使用するのですが、集成材の使用方法にもよりますが、その耐久性などは実際は未知の領域なのです。

 この集成材の強度は、確かに工業規格上では十分な強度があるとされています。引っ張り強度やせん断強度を試験した結果、確かに強いとされています。

 最近データ偏重の保証という目に見えるものをパフォーマンスしている傾向が始まっていますが、そのためにこの工業規格が利用されていますが、木の生命力や強さを単なる数値で表すには、人間はそこまで自然や木に対して十分な知識を持っているとは、とても言えないと思います。

 木の生命は、二度あるといいます。第一は樹として成長すること。第二は人間のために家屋の材料として家を支えるという使命を全うします。そして50年成長した木は材料として同じ50年生きるともいいます。

 法隆寺の柱は建立されて1300年間を経ています。そして柱の樹齢は1700年といわれていますから、あと400年間は生きることになります。

 これは経験知からの判断ですが、実証されていることでもあります。
 そう考えると、集成材という製品は一体どうなるのでしょうか。集成材に使用されている木片は、そのほとんどが30年前後の木から幅剥ぎされて利用されています。

 接着剤だけで成形した集成材は、木としての価値はゼロと言っても過言ではないと思います。その木片一つ一つの寿命などは全く度外視しているからです。

 鉄と木の相性は、このような使われ方では最悪のケースと言えるでしょう。
(続く)
by MUKUZAIKENKYU | 2006-04-30 20:11