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流通改革のハザマで その2

本物とニセモノ?そんな二極対立ではありません。

 二極対立の図式はデジャブなものになっています。
 政治の世界などは、その際たるものです。資本主義と社会主義、資本と労働、保守と改革、それらの対立点は、限りなく曖昧になりつつあります。

 実業と虚業も、そうです。今まで実業と思われていたものが、虚業化し、虚業と思われていたものが、実業以上の存在感を示し始めました。
 だから本物に対しては、ニセモノという対極ではなく、非・本物という存在が浮き彫りにされてきていると思います。
 何でも明確に区別、峻別できる時代から、曖昧さの中から、本物とそうではないものを見透かす時代になりつつあると思います。

 商業でいうと、いわゆる中間業者の存在は、これまでの流通商業世界では、なくてはならないものと思われて来ました。商品を、地域の末端まで浸透販売するために、中間業者は、必要不可欠と思われて来ました。

 しかし現在ものすごい勢いで浸透拡大しているネットの世界では、そういった中間業者は除外される対象になっています。産地や生産現場からの情報だけでなく、そこの商品が、透明な価格で明示され、直接手元に届くのですから、中間業者はその存在価値を喪失しています。

 これは日常品等の短期消耗品に限りません。耐久消費財といわれる「家」も、ネットで注文される時代なのです。
 ある意味では、ネットを知らずに、巷をさまよって、近くのハウスメーカーに飛び込むユーザー(そこでは住まい手と呼びます)は、可哀相です。
 ネット上で、時間をかけて、しっかりと真贋を見極めて、意に適った業者に、直接相談するという、新しいけど、今では当たり前の方法を知らないのは、時間と金をどぶに捨てているようなものです。

 いわゆる材木屋さん、建材屋さんは、小資本の小売販売店を指すのですが、その地域の業者は、皆ほとんど似通った、同じような市場か問屋から仕入れています。
 本来他社と決定的に差別化できるような商品を、独自に販売できなければ、生き残りをかけて商売をすることは甚だ困難なのです。
 しかしながらこの業種では、いわゆる建築業界の一般的な需要レベルに対応するだけが(悪いのではなく、安値買い叩きという悪癖にも付き合ってしまうため)精一杯のため、元々商品や商売の差別化が不可能な業種なのです。だから違うのは、せいぜい品揃えが豊富か少ないか、新しいか古いか、高いか安いかぐらいなのです。

 地域工務店も、同じです。そんな材木屋か建材屋からしか、商品を仕入れていませんから、どこの工務店が施工しても、同じものしかできないのです。ここでも、せいぜい違うのは、施工時間が速いか長いか、丁寧か粗雑か、値段が高いか安いかぐらいなのです。

 仕入の独自性を持たない業者で、しかも仕入れ元の選択肢が少ない業種では、ネットという世界の拡大によって、文字通りネットという篩いにかけられ、このままではいずれ壊滅してしまう運命だと思います。

 これからは、消費者は産地や生産現場から、直接商品を購入します。家などの高額で、複数の施工業者が集まり、有機的に時間をかけて造るものについては、ポイントとなる業者はいません。
 住まい手は、自分が気に入って、信頼できると思った業者を窓口にして依頼すればいいのです。

 産地そのまま、あるいはそういう産地と直接コミットできるキャパの大きな業者(コーディネーターといいます)を知り、そういった人が近くにいれば、家は建てることが出来る時代になったのです。

 近くにいない場合もありますが、呼べばいいだけです。あるいは自分から訪問すればいいのです。今までのような家は工務店が建てるとか、メーカーに頼むとか、そんな順番などは、彼らが勝手に作った錯覚であることが、明白になりつつあるのです。

地元に固執して、地元からしか手に入らない(産地特産という意味ではなく、単にここにしかないからという意味)ものに依存することは、将来性を捨てていることと同じです。
 本当の価値は、常に自立しているものであることを、しっかり覚えておいて下さい。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-30 10:09 | 材木・建築業界

流通改革のハザマで

前日のページで、流通問題としての材木業界について、少し触れました。

 この七八年前からインターネットの普及によって、一般的な流通は大きく変貌してきています。インターネットの本質は、「情報」です。現れては消え、また現れては消える「情報」が、付加価値を生む仕組みです。

 そしてパソコン一つ持てば、誰でも自由に情報を発信、または受信できる世界です。既存のマスメディアのように、情報は一方通行ではなく、共時性を持った双方向の情報交換が、価値を生む世界です。

 生産の現場を、ある人は「実業」といい、ネットなどの世界を「虚業」と表現しています。しかしながら、情報交換するにも、企業であれば会社名や事業内容などを紹介して、商品を購買にかけていますので、単純に「虚業」とは言い切れない部分があります。
 確かに、相手が企業であろうと、人であろうと、情報をやり取りする相手があるという意味では、実質的な関係が、そこには存在しています。
 商取引であれば、ネットが介在していても、相手を確認するために、電話をかけ、必要な場合は、直接会って交渉することは、当然のプロセスです。

 そこでもたらされた結果としての現象は、何でしょうか。情報の源である発信者とそれに興味を持ち、手に入れたいと考えている購買者との間に介在するものがなくなったことではないでしょうか。

 すなわち一般的な商業流通には、生産と消費の間には、商社、問屋や卸、代理店、小売店、時には業者専用の取引市場などが介在することが当たり前でしたが、ITは、その中間業者(業界)を篩いにかけました。

 必要なものと不必要なものが、ITの普及によって、情報としての価値と比較されることから、判然として浮き彫りになってきたといえるでしょう。

 それは限りなく本物の存在を市場が求め始めたともいえると思います。
(次に続く)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-29 09:50 | 材木・建築業界

官庁肝いりの地域材振興政策について

国土交通省から地方自治体まで、多くの地域で、林業振興のための施策が展開されています。
呼び方はいろいろありますが、概ね○○地域材を使おう!とか、「近くの山の木で家を建てよう」といった表現が多いようです。

 日本全国の産地は、疲弊のど真ん中にあります。
 このサイトでも、あちこちで言っていますが、日本には、一年間に使用される木の需要量を超えるほど、森林の蓄積量は豊富にあります。
 しかしながらその需要の80%以上は、輸入材が押えています。そのため毎年その分の量の日本の森林は、伐採されることなく、放置され、荒廃の一途を辿っています。

 そのため更に、材木を生産、製材する業者は商売として存亡の危機に立っているだけではなく、、利回りも悪化しています。杉は、8年前から利回りゼロになりました。すなわちこれ以上生産し続けると、赤字が増えるだけの事業ということです。
 2005年には、今まである程度高付加価値を維持してきた桧材も、ついに利回りがゼロになります。
 杉と桧の産地は、すべて赤字の事業ということです。
 このままいけば、10年後には、間違いなく杉と桧の産地の製材所は半減してしまうでしょう。

  林業家や製材所に多額の融資をしている農林中金は、時限爆弾としての不良債権を抱えているのです。
 大急ぎで、抜本的に、森林事業や材木流通のあり方を改革しなければ、早晩とんでもない事態が起きることは、誰もが予測できるはずです。すなわち産地振興のための手立てを早急に講じ、適正な利潤を産地に取り戻すということに他なりません。

 背に腹は代えられないという言葉があります。
 つまりこれまでは、いろいろ不都合はあっても、何とかやってこれたけど、ここまで業界が悪化の一途を辿れば、悠長なことは言っておられない。
 生産の現場からエンドユーザーまでの流通経路にも、大鉈を振るわなければ、業界全体が滅んでしまうということです。
 
 林業家が元気を取り戻すには、いろんな選択肢がありますが、最も手っ取り早い方法のひとつとして、現在の悪しき慣習的な流通を覆すことが挙げられます。

 林業は、まず自分の木の価格設定権を取り戻すことです。
 林野庁や森林組合などの官が、価格を設定してしまうという資本主義でもなんでもない、妙な社会主義的な制度を変える必要があります。
 そのため、誰も責任を取らない、もたれ合いの構造が生まれ、時代にそぐわなくなっても、危機感さえ持てないのです。
 生産者が価格をつけることで、責任が発生します。競争も同時に発生します。そうなると、価格競争も始まりますが、それ以上にブランディングによる商品価値が高まっていきます。

 皆自己責任で、自社の材木を市場に向けて、積極的に流通させることになるのです。
 売れなければ倒産するかも知れません。でもそれが当たり前なのです。
 許認可で、官と凭れ合っていては、いずれ必ず市場原理が働いて、淘汰されてしまいます。


 次に流通市場としての材木業界の問題があります。
 いわゆる中間業者です。問屋や卸業者、現場納材を主たる業務としている小売販売店等々。規模の違いも大きくて、年商数百億円から数千万円と、相当な巾があります。
 規模がある程度大きな会社では、産地から直接仕入ができますし、それだけの販売量を持っています。リサーチした結果、大体販売額が8~10億円以上の会社が該当するようです。

 問題は、仕入をするにも量がない社員数が10名にも満たない零細小売店です。彼らの仕入れは、産地から直接仕入れることは稀です。一回の発注量が、4トン車1車分にも満たないのでは、産地も持って来ません。運搬代も出ないからです。
 そういう小売店は、いわゆる木材組合の「市場」に、仕入れのほとんどを依存しています。
(次に続く)
 
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-28 15:39

産地ツアーを開催します。

四国は良材がたくさんある地域です。

 11月中旬に、産地見学会を開催します。
 場所は、四国の徳島県、ひとつは土佐栂(とさつが)の製材所、もうひとつは相生杉(木頭村相生町)。

 今までいろんな関係で、産地ツアーといっても、ほとんどが九州圏内でした。熊本と宮崎ばかりです。もう目をつぶってても、どこにでも行けるぐらいに知ってしまいました。
 この二県は、言わずと知れた全国的に有名な杉の産地です。宮崎は、杉の出荷量では日本一です。

 熊本では、綾杉を始めとして、ヤマクグリ、メアサ系の剛直なものや肌理の美しい杉材がたくさんあります。
 宮崎にも、飫肥杉を始めとて市房杉などの銘木級の杉が育っています。
 これらの特徴は、やはり樹脂の豊富さでしょう。杉は、家の柱や梁に使用された場合、じわじわと経年変化していきます。
 油が滲み出してきて、木肌がツルツルして艶が出て来ます。そしてやがて深みのある飴色に変わっていきます。

 本当に良い杉は、価格面でも、桧より遥かに高いのです。
 とりわけ吉野の赤柾は、すっげえ!○村○蔵じゃないけど、思わず目を白黒させてしまいます。

 産地ツアーの話でした。
 相生杉は、土佐杉系の木ですが、ちょっと違います。しかし葉枯らし乾燥をして出荷する木は、赤味が引き立っていて、実に美しいものです。
厚さ30㎜や33㎜の床材は、床暖房やエアコンなど必要ないほど、室内の湿度を調節してくれます。冬暖かく、夏涼しい、のです。

 土佐栂は、樹齢が200~500年の木です。鎌倉・室町時代ぐらいから江戸時代後期に生まれ育った木です。当然大きな木ですが、肌理が細かく、びっしりと詰まった年輪が、その歴史を感じさせてくれます。
 大阪城や武家屋敷は、「栂普請」(とがぶしん)といって、こぞって土佐栂を利用しました。ステイタス・シンボルでもあり、耐久性に長じていたからこそ利用されたのでしょう。

 その二箇所を、今回見学します。

 もし参加を希望される場合は、ご連絡ください。
 参加場所や時間、スケジュールをお知らせします。(宿泊希望の方は、徳島付近をお勧めします。一応締め切っていますので、各自でリザーブしてください)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-28 11:27

前号につづいて 大手の偽善広告について

 前回は、この広告について述べるスペースがなく、今回に持ち越しになりました。

 昨日の新聞広告を見て、腹に据えかねたので、敢えて皆さんに、本当のところをお知らせします。

 それはあるハウスメーカー(D)の広告でした。
 環境共生という言葉が、繰り返し使用されていました。「あなたが1年間に排出するCO2は1トン以上」「CO2削減と環境保全」を実現する家等々…
 まやかしだと思いました。

 CO2の増加は、さもそこに住む人が悪いような言い回しです。

 そのメーカーの家には、構造体に鉄が使用されています。鉄を1トン作るために利用される重油の量を知っていますか?
 4200リットル、です。ドラム缶約35缶分です。
 アルミニウムが1トン作られるために消費される重油の量は、ドラム缶236缶分なのです。
 その家が完成するまでに利用された化石燃料の重油は、規模にもよりますが、最低でも1万リットルに達するでしょう。鉄もアルミも、自然に戻ることはありません。電気製品などの設備も同様です。

 もし真剣にCO2削減を考えるなら、そのメーカーは自分の足元を見つめなおさなければならないと思います。

 鉄もアルミも共通していることは、化石原料だということです。それを化石燃料の重油で加工して、家を造っているのです。

 CO2を吸収して固定するものは、樹木だけです。森林は、自然が造った、巨大な二酸化炭素(CO2)吸収装置なのです。森林を健全に保全することこそが、CO2の削減につながる唯一の方法と言ってもいい。計画的に植林し、森林を養生して、計画的に伐採して、市場に出して活用してもらう。この反復が肝心要なのです。

 そのメーカーは、この標語で、新たな機械設備を家に付帯させることを考えていました。それで済ませようとしていました。
 鉄もアルミも、大地には戻りません。こういった家を造るために、大量のCO2を発生させておいて、何をかいわんや、です。
 自然に戻ることがない家を大量に造って、環境保全とは、何を指すのでしょうか?

 こういう広告しか作れない、そういう中身の家しか造れないメーカーは、典型的なアナクロ20世紀型企業だと思います。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-09 18:48 | 木 無垢材 自然

こんな建築業者には退場していただこう!

今後早期に駆逐されないと、多くの住まい手が犠牲者になります。

その駆逐しなければならないものとは、大手ハウスメーカーから零細工務店まで、共通しています。

それはまず、虚偽の広告をする業者、設計図どおりの建物を作ることができない業者、または契約した途端に、設計図の指示内容を無視して、安物に変更してしまう業者、約束した仕様と完成期限を守ることができない業者等々です。

もうひとつは業界内のことになりますが、やはり約束を守れない業者、その約束とは主に代金の支払いです。きちんと約束した支払日に約束した金額を払わないのは、建築以前の問題として、存在させてはいけない業者です。
もうひとつの約束、すなわち自分で業者に約束したことを守らない元請業者です。
住まい手の方には、あまり理解し難いかも知れませんが、建築業界では、元請が下請けに対して、理不尽な値引きを押し付けることが日常茶飯事のように行われている、前時代的な業界です。
その方便で最も多いのが、「この次の現場でちゃんと面倒見るから、この現場の代金は、これでガマンしてくれ」、というものです。
大体、こういう業者ほど、次の現場ではもっと値引きを押し付けてきます。

この数年間、こういったアナクロな元請業者は少なくなりつつあります。私たちはもとより、多くの心ある業者が、そういった程度の低い元請業者をシカトしつつあります。言葉には出さないのですが、心の中では、一刻も早くそういう業者を、この世界から排除したがっています。
仕事を持っているというだけで、理不尽な値引きや支払い条件の改悪、約束の反故など、普通の人間関係なら、とっくの昔に爪弾きされているような反道徳的な行いをゴリ押しするからです。

しかしながら、時代は確実に変わりました。変わったことに気付かない業者は、間違いなく相手にされません。上記のような業者は、21世紀では不要です。
それまで当たり前のように通用していた、一掴みの業者による「無理」は、それまでしぶしぶ飲み込んでいた圧倒的に多くの業者から敬遠され、益々拒否されます。それを行う「元請」業者は、軽蔑されるだけの存在になるでしょう。

21世紀に求められているものは、本物です。

20世紀に横行していた多くの理不尽さやニセモノ、反倫理、反道徳的な行いは、一刻も早く駆逐されなければなりません。

何が本物か、じっくり考え、そして探し、しっかりと見定めることです。

その本物を求め、本物を考え、本物を実現しなければならない。

そのためには、微視的な専門化ではなく、大きな世界観に立った本物の専門知識を、多くの人と共有して、役立てていくことが肝心です。

この運動は確実に拡がります。そして大きくなります。必ず大きな力を持つことでしょう。

今まで当たり前にあったものやことは、根本から在り方を変えなければならないのが、21世紀だと思います。そしてその胆(キモ)は、WIN‐WINだからです。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-09 18:10 | 木 無垢材 自然

地球温暖化を阻止しなくちゃ!僅かな力でも、集まれば大きな力になります

最近の新聞から

 日本の二酸化炭素の平均濃度は375ppm、東京のそれは400ppmを常時越えているそうです。盆と正月だけは、375ppmに戻るそうです。
 東京という都市が、如何に膨大な化石燃料を消費しているかがうかがえます。

 樹木は、昼間は盛んに光合成をして、空気中の二酸化炭素を取り込みながら、酸素を放散しますが、日没後は、その活動を休止します。森林は、何も山の中にあるのではありません。以前は相当あったと思いますが、街の近くには、必ず里山がありました。

 その里山は、四季の移り変わりを知らせてくれる存在でした。そこには多くの動植物が生息して、昆虫採集には事欠きませんでした。幼いときには、隠れ家を作ったり、戦争ごっこの格好の場所でした。その頃の戦争ごっこは、ビッグ・モロー主演の『コンバット』がお手本でした。定番の忍者ごっこをするには、潅木や林がある里山は最高の舞台でした。

 里山が近くにあると、なぜか空気が澄んでいます。それは里山から発生する酸素だけではなく、森林浴に欠かせないフィトンチッドという物質が、私たちが住む街まで流れ込んできていたからだと思います。

 そういった思い出深い場所である里山は、今はありません。

 宅地開発やら工場誘致などで、ほとんどが削られ、いい家もあれば、まだいいのですが、メーカーの団地ができて、顔のない街がどんどん増えました。
 やはりひとつのメーカーが団地を作り、当然ひとつのメーカーの仕様での家しか出来ませんから、たとえ立派な家であっても、いまいち見栄えがしません。

 これがロープライス(ローコストではありません。宣伝文句だけはローコストと謳っていますが)住宅が立ち並ぶ団地では、設備ばかりが多いせいか、団地の中に入ると、むせ返るような暑さがあります。
 自然の風を取り込む団地作りをしていないばかりか、エアコンの室外機が、遠慮なしに放熱するからです。

 ヒートアイランド現象は、なにも都市に限った話ではありません。大小の団地の中でも発生しているのです。変な家が集まれば、その一体は住み難くなってしまいます。
 化石燃料を、無節操に浪費すると、二酸化炭素の放出量は増えるばかりで、局所的にもその一帯の生態系を破壊する原因になります。

 私たちが今立っているところから、温暖化抑制を図らなければ、人だけでなく、家の寿命も延びません。適度な湿度は、人や生物が生きていくためには、必要不可欠です。空気が乾燥しすぎると、人の肌は虚弱になります。
 自然とかけ離れたところには、いかなる生物も生きることはできません。
 家も、街も、常に自然との共生を前提に考えていかなければならないと思います。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-10-03 11:49 | 木 無垢材 自然