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この事務所から5分のところに問題のホテルがあります

構造計算偽造事件で問題になっているホテルが、当会の事務所からほんの近くにあります


A設計事務所とK建設そのままの構図で出来たビジネスホテルです。
“アルクイン黒崎”は確か10階以上のホテルです。

このホテルが出来たとき、私たちはその工期が異常に早かったのを憶えています。
そのホテルを横目に見ながら、私たちはあらぬ会話をしていました。

「あのホテル、やけに早く出来上がったなあ」

「最近急成長中のゼネコンが建てたらしいよ」

「へええ、でもあの建物なら、最低でも8ヶ月から1年近くは掛かるはずだけど、不思議だねえ。」

「何でも新しい施工方法でやっているから、後期が滅茶早くできると言ってたね。」

「でもなあ、コンクリートの耐久性が出るまでの乾燥時間や基礎から内装までの時間を考えると、どうしても最低8ヶ月は掛かるはずだけどねえ。」

「何か魔法でも使ってるんだろ。」

「魔法?仮に使うとすれば、基礎は薄いは、柱や梁がみんな一回り小さいんじゃないのかねえ?一番期間のかかるところを手抜きすれば、3ヶ月ぐらいは早くできるしな。コンクリがまだ乾燥しないうちに、スラブを乗せたとかな。」

「そんなことしたら、倒壊するぜ。ひょっとしたら張りぼてで造ってんじゃないの?」

「審査機関があるから、それをパスするということは、やっぱまともに建ったということなのかな?」

「審査機関も、天下りの連中ばかりだしな。馴れ合ってるんじゃないのかね。」


 そんな会話をしたことを憶えています。
 やってくれました。ただでさえこの黒崎という街は、どんどんひなびていっている最中です。

 大きなものとして、最初はトポス(ダイエー系)の撤退、長崎屋の破綻、ダイエーの撤退、黒崎そごうの破綻、コムシティの破綻、そして長崎屋の跡地に建ったアルクイン黒崎の営業停止。泣きっ面に蜂とはこのことでしょう。一連のこのことは、すべてこの10年間で起きたことです。

 何をやってもうまくいかないこの街、黒崎。企業城下町でありながら、企業自体は元気を取り戻しつつあるのに、街は依然としてというよりますます寂れていくばかりです。
 この間久しぶりに商店街を歩いたら、全体の3分の1は閉店している状態でした。
 ここまで低迷しているのかと愕然としました。

 私たち研究会には、この街を活性化させる秘密のアイデアがあります。
 でもお金がないので出来ません。またこの街はあまり活性化させたいとも思いません。
 残念ながら、小倉の繁華街が一連の暴力団の事件のために酔客が激減したように、ここも風紀が良いとはいえないところがあります。

 当ブログの趣旨とはあまり関係のない話でした。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-30 18:43 | コラム 政治・経済・社会

直接関係ない業界のことだけど

構造計算偽造事件について

 あ~あ、やっちゃった。ついに綻びが出たか!という印象です。

 10数年前から、木造住宅の欠陥が指摘されてきました。基礎のつくりから土台や柱などの構造材の設置の仕方まで、いろんな角度から、これは欠陥だ、あれも欠陥だと、当時食いっぱぐれてた一部の建築士が、突然正義の味方ぶって、テレビに登場しているのを見て、苦々しく思ったことがあります。

 今はリフォーム詐欺が取りざたされています。

 そしてついにRC(鉄筋コンクリート)SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)など、いわゆる箱ものと呼ばれる建築物に、その矛先が到達しました。

 登場の仕方が如何にも箱物らしい複雑さです。木造住宅と基本的には変わらないのですが、木造住宅では1家族からせいぜい10家族までが、規模の限度でしょうが、箱ものは規模が桁違いです。

 関わる企業や人の数も、比べ物にならないほど多い。

 建築主、設計事務所、施工業者、それに関係する多くの下請業者の一括りの中で、欠陥工事を直接行うのは、すべて下請業者です。
 そのパターンもいろいろあります。


(ボトムアップのケース)
①次の仕事を駆け引きの道具にされて、しぶしぶ赤字工事を受注した結果、つい手抜き工事をやってしまった。(このパターンが一番多い)

②元請から手抜き工事を指示されてやってしまった。(専門職なので、こんな工事をしたら、ユーザーが大変だと分かってはいたが、元請の監督から工事費を抑えなくてはならないのでと言われ、結果的に手抜きをしてしまった)

③専門職なので、こんな図面ではまともなものは建たないと、図面の書き直しを要求しても、聞き入れてもらえなかった。仕方がないので、その通りに施工した。

(トップダウンのケース)
④建て主には予算を予め設定されているので、その中からやりくりをせざるを得ないため、金額の張る業種から値引き要請をする。相手が赤字に陥ろうと知ったことではない。受けた限りはまともな仕事をさせる。下請は請負(うけまけ)だから、後は自分の責任でやってもらうしかない。

⑤建て主から見れば、元請のゼネコンも、設計事務所も、下請業者に過ぎない。そこから先の業者など把握できるわけがない。

 そのほかにもいろいろあります。でもこのぐらいにしておきましょう。

 木造住宅の欠陥が指摘されて、その技術とか構造とかが主に槍玉に上がっていました。

でも本当の欠陥工事の温床は、別のところにあるのです。

 それを追求する動きはほとんどありませんでした。マスコミはネタになる、見ものになるソースにしか興味がないので、そこまで関心を持ちません。

 今日のテレビでも、デベロッパーの社長が生出演して、コメンテーターからぼろくそに追及されていました。ちょっと同情しました。
 ほんとのワルは、22日に不渡りを出して、自己破産の動きを見せているK建設だと思います。
このK建設が、すべての内情を知っているからです。家宅捜査や司直の手が及ぶ前に、さっさと空にしてしまった。36計、逃げるに如かず。

 この業界の悪しき慣習があります。もちろんすべてが染まっているのではありません。
 健全な経営をしている全うな会社や個人はたくさんいます。

 しかしあくどいやり方をするものほど、見た目は大儲けします。それは自分だけが得をして、その他に損をさせた結果です。
 下請業者は、どこかで損を補うために、そのあくどいやり方を真似します。悪癖ほど感染しやすいものです。そして一旦これに染まると、ちょっとやそっとでは抜けられなくなります。
 これが抽象的にいうと、WIN-LOSEの連鎖構造です。

 この関係はすべて損得のお金が衝き動かす取引です。

 本当は常識的に考えれば当たり前のことなのですが、この業界のあるべき姿が、全く逆立ちしてしまっているのです。
 すなわち発注者がいて、設計事務所、施工業者、納材業者が、ひとつの物件を担当しますが、元請(発注者から最初に全体の工事を受注するもの)がどこになるかで、大きく変容してしまうのです。

 本来は発注者(依頼人)から設計事務所に設計の依頼が入るところから始まります。設計事務所が図面を揃えて、入札を開始し、落札した業者にすべての施工責任とともに、発注者(依頼人)と直接契約という流れです。

 この流れは不動です。逆の流れはありません。だから健全性が保たれるのです。

 機能が正常であれば、それぞれの立場のものは互いに独立していなくてはなりません。
 それが日本ではデベロッパーという箱もの専門のメーカー業者が実権を持っています。住宅であれば大手のハウスメーカーになります。
 彼らが依頼主であり、建て主だからです。しかも大量にまとめて発注するため、売上も期待できます。その代わり利益は悲しくなるほど低い。

 仕方ありません。自分の力で依頼主を探し、契約する(ここまでの段階が最も経費がかかる部分です)わけではなく、先方で見つけてくれるのですから、経費がかかりません。
 だから安く買い叩かれるのです。

 個々の住まい手などの依頼主とこういったデベロッパーやハウスメーカーとは、同じ発注する側にありながら、全く立場が異なります。
 個々の住まい手が依頼する場合は、リピートがありません。ほぼ一過性です。
 その点彼らはリピート発注をする建て主でもあるのです。(本当はその上に個々の依頼主がいるのですが)

 彼らが実際に独立して、独自の規律を持っていればまだいいのですが、そのほとんどが特定のゼネコンや工務店と「特別に」親しい関係にあります。
 片方が安くさせようとして、「次の物件」を餌にして元請を従わせます。元請は元請で、「次の現場でこそ損を取り返す」とくっついて離れません。
 離れられないように、いろんな仕掛けを演出します。

 最初は礼儀を通していても、いつの間にか馴れ合いと持ちつ持たれつの関係に嵌ってしまうのです。
 そうなると、隠然と威張り始めるのが、元請業者であるゼネコンや工務店です。

 そこら辺から、設計事務所と元請業者の関係が逆転してくる要素が生まれるのです。
 全体的な流れとして、設計事務所の二極化が進んでいることも一因でしょう。
 しっかりした意匠性と技術力を持った設計事務所と、そんな力も技量もないため、どこかの団体に所属しておこぼれを待つか、どこかの大きな設計事務所や工務店の下請専業になるか、です。

 私が勝手に思うのは、設計事務所というより建築家の矜持を持っているならば、安易に受け皿団体のような組織には加盟せず、自力で自分だけの世界を創るのでなくてはならないと思います。
 確かに自分だけの力では足りないこともあるでしょうが、もしその建築家が人を大事にして、信頼関係を地道に構築している人であるならば、今は苦しくても、必ず協力者が現れます。必ず救いの手が差し伸べられます。

 その逆に自分のことしか考えないで、私は住まい手の味方だと言いながら、実は損得勘定ばかりで動いていることに気付かない人は、やがて孤立します。誰も情報を持って来てくれなくなるでしょう。予算監理と称して、自分の予算は一銭も引かずに、業者に無理難題を押し付けたり、ここで従わないなら後の物件はやらんぞと脅しをかける人もいます。
 これでは悪弊に染まった一部のゼネコンや工務店と同類です。

 本当に住まい手のことを考える人であるならば、(とりわけ設計事務所は住まい手の唯一の味方であるはずです。)無心にならなければ出来ない仕事だと思います。


 これは大手の話です。と言いたいところですが、情けないことに、小さな小さな工務店にも、こんな悪癖を持って仕事をしているところがあります。よほど痛い目に合ってきたのでしょう。
 地方やその町だけの零細ビルダーも、そんな悪弊に染まっているところが多いのです。

 そういう小さなビルダーや設計事務所は、口先だけの誘導をするだけで、取引している業者はほとんど烏合の衆、独自の技術や製品を持っていない単なる工事屋か流通業者のありふれた集まりです。意外と本人が一番染まっていることに気付いていないのです。そういうところから建てられる家は、ある意味では大手のハウスメーカーより悪い。

 だからいい家が建たない。

 今回の問題も、この悪しき慣習の膿が出たということです。

 最も損をさせられているのは、利用者であり、住まい手なのです。もっとまともな業界にならなければ、21世紀には生き残ることはできないと思います。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-24 15:26 | 材木・建築業界

ついに決断しました。メルマガを発行します。

 友達から、散々要求されました。いや、されていたのですが、面倒くさいので無視していました。

 「おまえのHPの趣旨やコンテンツは分かるが、おまえのHPはただでさえ字が多いし、それを逐一読む人はなかなかいないぞ。全部読み切るには、何にもかかるし、順番を間違うと迷子になりそうだ。折角正義感持ってポリシー持ってやってるんだから、コンテンツを一つ一つ分解して、噛み砕くように説明してあげなきゃ…」

 「いやあ、補足的な部分はブログで展開しているんだから、訪問者の気持ちが本物なら、その気で一所懸命見て、読むんじゃないの?」

 「おまえ、分かってないねえ。みんなおまえのHPを探して来てんじゃないんだよ。たまたまアクセスした人がほとんどなの。おまえがどんないいことを書いてたって、最後まで読む人なんか滅多にいない。」

 「そうかなあ・・・」

 「あったりまえじゃん。おまえのHPが、いまの形になったのは、最初からかよ?何回更新したよ?何年かかったよ?」

 「…」

 「おまえが何年もかかって積み上げたり、編集したりして、今の形にしたHPを、みんなが簡単に理解できるわけないだろ?」

 「そりゃそうだが、以前メルマガ出したことがあるけど、長続きしなくてなあ。それに1ヶ月間で、読者は2人しか出来なかったんだよな。」

 「じゃあ、それからおまえの知識は以前のままかよ?とにかくおまえのHPは、本数冊分の量があるんだから、それに毎日新しい情報をブログにしているんだから、いくらでも材料はある。ひとつひとつ親切に知らせてやんな。そうしたら、間違いなく木の家のメルマガサイトではトップに行くよ。」

 「・・・」

 「おまえ、自分じゃ分からんだろうけどな、メルマガの関連サイトを見たら分かるが、どれもこれも人の気を引くようなことばかり書いてるサイトかハウスメーカーが囲い込みのために書いている奴ばかりで、オープンで、本当に気持ちのこもったレベルの高いサイトはほとんどないんだよ。
 もしおまえがここの世界で出せば、間違いなくトップアクセスになる。出せ!」

 てなことで、そそのかされてしまいました。どこまで続くのか心配ですが、とりあえず12月に烽火を上げる予定です。今からちゃんとしたタイトルを考えます。

(なんか、いよいよ寝る暇がなくなってきそうな不安感が高まってきました。まだやってもないのに、取り越し苦労かな?)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-19 15:43 | 木 無垢材 自然

これも立派な悪徳業者です その2

(前号から続く)

 私は、今の経緯を、Kさんの設計管理を請け負ったY設計室に報告に行きました。

 建築家のDさんは、その話を聞いて、唖然としていました。そこで出てきた言葉が「最終的に決めたのは、住まい手さんだから仕方ない。もう契約を終わっているしね。もしそういう情報を知っていたら、そのS工務店には入札自体オミットしなければならなかった。」ということでした。

私はDさんに「おそらく落札したS工務店は、今後も問合せひとつよこさないでしょう。見積書や図面を送れとは言っていましたが、今更参考にしようもないと思いますよ。
 それにどうしても納得できないことがあるんです。それは同じ条件の図面を下に、各業者が積算して見積を提出した結果、まともに図面さえ見ずに適当な単価を入れたS社が、どうして最後まで残ったのか?しかも同額です。
 ここまでいうとまずいのかも知れませんが、ひょっとして入札価格が、入札直前にそのS社に漏れていたのではないかと考えるのが自然だと思います。」

 私は後日、S社を訪ね、再確認しました。見積書は持参しませんでした。
 「本日は見積書を提出する前に、若干確認したいことがあって参りました。」まず当社の商品が指定されていて、それを使わなければならないようになっているが、S社としては使う気があるかどうか。使うとしたら、工程を把握する必要があるので、工程表を見せて欲しい。最初にプレカットの打合せをしなければならないので、上棟の1ヶ月前までにセットして欲しい。

 S社の回答は、「使う使わんはモトウケの当社が決めることなので、要らん心配はしなくていいよ。工程表なんか、木造物件で作るわけがないだろう。プレカット工場に聞いたら、そのくらい材料なら、当社でも揃えられると言っていたよ。」でした。

 私は「では分かりました。御社では図面に指定されている材料を使うつもりはないということで理解してよろしいでしょうか?」S社の社長は、モトウケは内だよ。と答えるだけでした。

 何を言いたがっているのか分かりました。モトウケが神様なんだから、シタウケふぜいがガタガタ口を出すなということだったのでしょう。

 私は丁寧に断りを入れて、S社を後にしました。

 案の定、図面内容のほとんどが無視されて工事が進みました。施主であるKさんがクレームを入れると、建築家のDさんは「予算が足りないと泣きつかれたんじゃどうしようもない。予算内に収まるように、途中で変更せざるを得なかった。意匠上どうしても引けないところはあるので、必ずその床材は使わせるから」ということでした。

 結局S社からは連絡はありませんでした。当然私からは連絡は入れません。信頼関係を作れない、はなっから相手を見下した態度をする相手とは、私は取引するつもりはありません。仮に連絡が入っても断ったでしょう。当初の案から既にかけ離れた「家」が出来つつあったからです。
今更介入すると、あのS社の無節操に振り回されるのが落ちだと思いました。

 9月上旬に上棟して、年末に引き渡す予定でした。
 わたしは翌年の3月に、久しぶりに建築家のDさんを訪ねました。
 その後Kさんの家のことが話題になりました。S工務店は、指定材料が手に入らないので、再び泣きついてきたこと。現しの梁は飫肥赤杉指定だったが、結局まともな飫肥赤杉を仕入れることが出来ず、ずぶずぶに濡れた杉材を入れたため、縮んで使い物にならなくなった。代替品として米松を持ってきたので、却下したこと。最後には杉の集成材を持ってきて、これで勘弁してくれと、再々泣きつかれたこと。
 そしていまだに工事が完了していないということでした。九月から始まって、7ヶ月が過ぎようとしていました。

 床材は建材メーカーの見た目だけ無垢のフローリング(UV塗装品)を使っていました。

 建築家のDさんの事務所を退出する際、私は言いました。
「今度のことで一番損をした人は住まい手のKさんですよ。
 Dさん、あなたがもっと慎重に、そして毅然としていたら、あんなてんぷら業者のS工務店には声もかけなかったでしょうし、途中の一連のトラブルはS工務店が最初から演出していたことです。おかしいと思った瞬間に、契約不履行を理由にペナルティ付きの契約解除を決断すべきだったのではないでしょうか?
 住まい手はお金以上の損害をこうむったと思います。Dさんも、お金に換えられない信用を落としたのではないですか?住まい手を守る立場なのが、設計事務所であり、建築家じゃなかったんですか?建築家が工務店の言い分を聞いて、優柔不断になったら、その時点で住まい手は孤立無援になるのですよ。
 今は数千万円のお金をかけたでっかいバラック小屋が出来ているようなものです。」

 S工務店は、その後逃げるように工事を適当に終わらせたということでした。クレームや手直しの指示をしても、まともに取り合わないということでした。

 そのS工務店は、建築家が世話になっている建設会社のシタウケ会社で、5年前に一度倒産した経歴がありました。その建設会社の強いススメで、おそらく裏情報を取ってS工務店が受注したのでしょう。
 もちろん住まい手の父の判断ミスも、それを促進しましたが、それは同席していた建築家がもっとしっかりとしたアドバイスをするべきでした。

 その後建築家のDさんとは付き合いは続いています。しっかり反省されたようでした。
 S工務店は、しっかり儲けたそうで、今では競売物件の紹介業もやっているとのことです。
 こういう業者に、今日も騙される人がいるのかなと思いました。

 悪徳業者は、なにも詐欺ばかりではありません。設計図の意匠など屁の河童と無視し、そのうえ仕事も満足に出来ない(しない)のは、立派な悪徳です。
 “自分の取り分だけを先取りして、残ったお金で専門業者に発注する。”これではまともな業者が集まるわけがありません。素人に毛が生えた程度の業者をかき集めた結果です。
 数千万円のバラック小屋は、このS工務店だけでなく、他の似たような業者の手で、今でもあちこちに建てられているのでしょう。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-16 16:11 | 材木・建築業界

これも立派な悪徳業者です

 実際の話ですので、固有名詞を使うことは避けます。

 ある住まい手の方が、依頼先の建築家の方と一緒に、当社のサンプルルームを訪問されました。無垢材で、いい家を建てたいということで、当社の床壁材をご覧になりました。
 構造材は小国杉か飫肥赤杉がいい。床材は信州から松と土佐栂(水周りは能登ひば)をご希望されていました。

 その後設計が完了して、各地域の工務店数社が入札しました。

 同額の工務店が2社残りました。

 最終決定については、建築家ではなく、住まい手のスポンサーでもあるその方の父親の意見が通りました。
 「同額なら、なんかあったときにすぐに対応してくれる近くの工務店がいい」ということで、ご自宅から車で15分圏内のS社に決まりました。
 もうひとつのB社は、高速を利用すれば20分で済む距離だったのですが、そこの担当者に、建築家から念を押す電話が入っていたにも拘らず、それを軽視して、受け流してしまいました。

 とにもかくにも落札したS社は、施主と契約しました。

 実はその住まい手(仮にKさんとしましょう)の入札の元になる設計図面には、当社の商品が指定されていました。照会先というより、問い合わせ先として名前と電話番号まで、図面に載っていました。

 入札した業者は5社いましたが、入札前に問合せをしてきた業者はS社を除く4社でした。

 当社の商品は、すべて産地からダイレクトに納品されるものばかりで、そのため当社以外のルートでは入手できません。
 それだけこだわりのある特殊な商品であるため、建築家も工務店も必ず使用方法やメンテナンスも含めて相談に来られます。

 にも拘らず落札したS社は、その後1週間たっても電話一本よこしません。

 建築家からも当社に落札業者から連絡が来たか問合せの電話をいただきましたので、早速そのS社を訪問しました。

 繁華街の一角にそのS社はありました。
 ドアを開けると、最初に目に飛び込んできたのは、机一杯に積まれた未整理の書類の山でした。その中から電気代の請求書が飛び出していました。
 机と机の間には、現場から戻ってきた道具が所狭しと放置されています。
 そして大音量で点けっぱなしのテレビがありました。
 以前は何かを展示していた様子のショーケースにも、現場で使用していた書類や図面が無造作に詰め込まれていました。

 私は、Kさんの家に指定されている構造材や床材などの説明をしました。相手の反応を見ていたのですが、そういった材料には関心がないようで、何かしら入札を開催した建築家の話ばかりが多かったようです。
ひとつの質問をして見ました。「ところでこのKさんの家には、建築家と住まい手のたっての要望で、構造材から床材まで、当社の材料が指定されていたのですが、御社からは入札するその日まで問合せをいただかなかったのですが、どのようにして材料の単価を入れられたのですか?
 当社では、プレカットを前提にした伏せ図から概算見積書まで、ご用意していましたので、問合せされた業者の方にはすべて同じ内容の書類を送りましたが、御社からはそういう問合せ自体をいただかなかったのですが?」
 S社の社長が答えました。
「プレカットに関しては、当社が懇意にしている材木屋を通して、別個に見積もりを取った。床材とかは、別にどこからとっても同じだから、適当に単価を入れておいた。このKさんの家の図面には、そんな難しい材料を指定していたのかね?」
 私は「プレカットひとつ取っても、加工要領が一般的なものとは異なっています。御社が見積もりを取ったプレカット工場では、その加工をすることは不可能ですし、また指定されている材料自体、当社と取引がなければ取り寄せることはおろか、単価を調べることさえ出来ません。」

 その後、ちょっとした沈黙した時間が過ぎました。S社の社長は、私の方に向き直って、何か策でもありそうな素振りで、「ま、大した問題じゃないので、おたくの作っている見積書を後日送って頂戴。」という返事でした。


 私は、その事務所を後にしたときに、ある決断をしました。
 (次に続く)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-16 14:49 | 材木・建築業界

地域主義と産地主義の在り方 その2

 日本の気候は、一部を除いて、ほとんどの地域が高温多湿です。

 そのため私たちが家に求める最低限の条件が、湿気対策と日照対策です。

 北九州は日本海側に面していることもありますが、全国的に見ても日照時間が少ない地域です。
 そのため如何にして、家の中に陽光を効果的に取り入れるかという点に関心があります。湿気対策は前提です。湿気がこもらないだけでなく、湿気と上手く付き合っていく設計が要求されます。
 しかも設備に頼らないことが肝心です。

 簡単に言って、こういったことがいわゆる地域の特殊性を考慮するという意味での地域主義です。確かにそういう意味では、その地域で長く営業をしている工務店が、最も分かっていなければならない点でしょう。
 そこに大手のハウスメーカーとの決定的な違い、強みが発揮されると思います。

 大手のハウスメーカーは、地域対応型の家を造ることができません。コスト管理と効率一本槍ですので、いちいち地域の気候条件や土地の風習などは考慮しません。
 ○○シリーズの既製品を、その土地の上に乗せることが目的ですから、日本の気候風土を考慮した家を造ることはしません。

 私たちは、設計や施工上の地域主義とは異なる観点を持っています。
 それはいわゆる「地域主義」を標榜している工務店さんも、あまり理解していないのか、あるいは別の利害があるのか知りませんが、その趣旨から「近くの山の木を使う」という地域主義は理解できません。

 木は材料です。家の柱や梁に、床や壁に使用される材料です。
 工務店さんは、この地域の木材はその地域の気候風土で育っているから、その地域で家を建てるなら、一番適応しているという人もいます。
 分かるような、しかし分からないような説明です。
 中には近くから搬送するからコストがかからないからいいのだという人もいます。

 私たちにとって、一部の地域を除いて、日本全国が地域です。近くの山です。
 米国などは、米栂で有名だったカスケード山脈だけでも、日本がすっぽり収まる規模の森林地帯です。ブラジルの熱帯雨林地帯は、日本が何個入るでしょうか。

 そのため気候条件や全体的な風土から考えても、日本全体がひとつの地域と思います。日本は森林王国でもありますので、局所局所で、多くの個性的な木が育っています。実にたくさんの種類の木が日本にあります。
 それらの特性を生かして家に使うことが、一番いいのではないでしょうか?

 そこの半径50km以内の地域にない木だから、地域材ではないという発想は貧困ではないでしょうか?
 木には自生する範囲はありますが、そこにないからそこの気候に合わないという判断は軽率だと思います。

 地域の工務店さんも知らない木はたくさんあります。だから使わないというのは、住まい手の知る権利を奪っているようなものだと思います。地域主義も一歩間違うと、偏狭な村根性丸出しの排外主義に変貌する可能性があります。(むしろそっちの方が多いようです)
 しかしそれでは進化は得られないのです。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-15 18:29 | 木 無垢材 自然

地域主義と産地主義の在り方

最近何かしら
地域主義
という言葉を、雑誌の中で目にします。
何だろうと思い、その雑誌を手にとって見ました。
書いてあることは、地域の材木で地域の工務店が地域の家づくりをするという趣旨でした。
どこまでも地域という意味で、それは地域主義でした。

その地域の材を最も良く知るものは、実際にその木を使って家を建てている工務店以外にない。地域の材木を生かすという意味では、その地域の材を知り抜き、長所を伸ばし短所を抑え、使うことによって、その地域の経済活性化にも貢献できるというものです。

私たちと一脈通じるものがありました。

しかしやはり地域の工務店、一地域の産地の発想かな、とも思いました。

その地域に住む住まい手も、それを望んでいるのだろうか、という疑問が常に湧いてくるのです。

今はインターネットで情報を検索して、欲しいものを本人が直接手に入れる時代です。
インターネットには、地域の山も河も海もありません。
そしてその地域を知りたいなら、その地域の情報を検索すれば、ほとんどありとあらゆる情報が入手できます。

例えば本屋に行って、購入したい本を探すより、アマゾンcomを検索すれば、それに関連する書籍が数百冊も見つかります。そしてカバーできていない出版社はほとんどありません。

近くの大手の本屋(一応100万都市の人口密集地にある本屋です)は4フロアに、相当量の本を置いています。たまたま行ったときに、メジャーとはいえないが知るものぞ知る出版社の文庫本を探したのですが、見当たりません。係りの人を呼んで探してもらったのですが、その人も探すのですが、やはり見つかりませんでした。
そしてその店員は、最後にコンピュータにも載っているのですが、ここら辺にあったと思ったんですけど、…ありませんねえ。と、首を傾げていました。
これに消費した時間は、約45分。買いたい本はないは、駐車場代は取られるは、でうんざりしました。

家に帰って、PCを立ち上げ、検索後、注文しました。当然送料無料で、2日後に到着です。注文するまでに要した時間は、10分でした。

これは本屋の話ですが、これと同じことが、いわゆる地域主義の弊害になるのではないかと思います。

インターネットは、別に購入するための情報サイトばかりではありません。情報そのものを比較することもあれば、逆に自分から発信することもできます。

地域の材を使うことは、私たちも賛成です。でもそれは、どこの材も地域材だからという意味です。
じゃあ地域材ではないものがあるのか?と思う方もいるでしょう。
あります。舶来が、そうです。つまり輸入材です。

このサイトでも、幾度となく言っていますが、年間に建築材として、いつでも伐採できる国産材の量は、日本で一年間に消費される木の量とほぼ一致します。しかし実際には、その8割の木が輸入材です。引き算すれば分かりますが、じゃあ8割の国産材が、毎年だぶついていることになります。その通りなのです。

本来、輸入材なんか使わなくても、国産材だけで、日本の市場は全部賄えるのです。

林産地にとっては、輸入材などはヤンキーであり、紅毛南蛮夷敵でしかありません。
しかもそれを促進するのが官庁ですから、カンチョウしたくなります。

過去には住宅建設の場で、国産材の供給が間に合わない時期がありましたが、そのため外材の輸入が促進された時期もありました。公共工事の建築要領にも、指定材に、米栂、米松、米ひば等々米材が最優先項目にあり、その代替材として、桧や杉が認められているぐらい、建築の端っこに追いやられています。

木を知らない世代の建築家が世に出始めました。木は要領に従うというだけで、見向きもしません。

各自治体では、輸入住宅促進協議会という団体を、そこの市長が主催しているところがあります。結果は大失敗に終わりましたが、失敗を認めたくないためか、いまだに解散せずに税金を浪費している自治体があります。

ここにも縦割り行政の弊害が現れています。

時代に即さない建築要領も、建築基準法も、林業行政も、すぐにでも改めなければ、日本の美しい森林は荒廃の一途を辿ってしまいます。

(次に続く)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-15 15:17 | 木 無垢材 自然

日本人が日本人であることに気付くとき その3

日本人は、森にはその森の神が住み、木には生命とともに魂があると感じてきました。
 巨木の室の中に梟が巣を作っている写真や番組を見た方はたくさんいらっしゃるでしょう。それは単に木の中に鳥がすんでいるだけの光景だったでしょうか?

 大きな室が出来た老木は、梟と共存しているような雰囲気を感じ取ってみていたのではないでしょうか?
 熊も冬眠するとき、そこを住処にすることが多いのです。

 有名な彫刻物の素材のほとんどは木です。それは彫刻をしやすいというだけでなく、木に永遠の生命を見ていたからだと思います。
 もちろん木が腐れることも知っていました。日本独特の防腐剤も、当時から開発されていました。漆喰や漆器などはその典型です。

 飛鳥時代から主な建造物のほとんどは木造でした。江戸時代まで、そうでした。火事などの災害は、現代より遥かに多い時代であったにも拘らず、皆木によって家を建てていました。

 それはある意味では、火事などの災害に合おうとも、それと比較にならないほど、木に優れた性能を見ていたからではないでしょうか?家としての性能もあります。それは人が生活をする空間です。人が集まる場所でもあります。

 先人の知恵には瞠目に値するものがたくさんあります。

 日本の建築の文化は、木の文化でもあります。それを飛ばして、塩化ビニールだのウレタンだの、プラスティックや鉄、コンクリート等の石油加工製品や鉄鉱石、石灰石の二次製品に偏向することは、どうしたものでしょうか?

 とりわけ日本の家は、店舗ではありませんし、ショーウインドウでもありません。
 なのにそういった非木系材料で、特に石油加工品ばかりで生活空間を覆ってしまっては、日本人の培ってきた自然に対する繊細な遺伝子を断絶することにつながってしまうのではないでしょうか?

 一本の木の柱があります。樹齢100年の木としましょう。あなたの目の前にある柱の杢目(もくめ)は、この世にたった一つしかない姿のものです。

 石油化学製品や鉄などは、同じものを繰り返し生産できます。元がどろどろの液体ですから(鉄も溶かして製品にします)、ひとつの鋳型にはめて、無数の同一物を「生産」出来ます。

 しかし木の場合は、人との出会い以上に一期一会なのです。
 人工的に同じ肌理の木を作ることは出来ないのです。

 鉄等の金属やコンクリートは、その生産過程で、大量の石油を消費します。即ち大量のCO2を発生させます。

 木はどうでしょうか?石油を使うときは、材料を運搬するときだけです。それ以外では、皆さんもご存知のように、CO2を吸収し、大量の酸素を空気中に放散します。

 石や石油は発掘してしまうと、再生することは二度とありません。木は計画的に植林と伐採を繰り返すことで、半永久的に確保できる資源です。その資源の元になる山が、日本には圧倒的に多く存在しています。

 それなのに、どうしてわざわざ高いお金を払って、ビニールやら鉄を優先して手に入れる必要があるのでしょうか?

 我々日本人が日本人であること、その心の豊かさと繊細さという意味での美しい遺伝子を絶やさず、新たにスイッチをオンにするためには、木という存在と面と向かい合うことは、何よりも大切なことだと思います。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-15 08:38 | 木 無垢材 自然

日本人が日本人であることに気付くとき その2

 木は樹から製材されたものです。樹に対して、人は木の精を感じてきました。
 森は、何も遠くの山だけにあるのではありません。近くの小高い山=丘にも森林はありました。
 それを人は里山と呼びました。

 日本の建造物は、古代から木で造られたものでした。一般の家屋や城も館も、すべて木造でした。


 阪神大震災の際に、木造建築物は地震に弱いし、木は燃えるので火災に弱いと宣伝していた非木造系ハウスメーカーがあります。
 それから10年、彼らは三四年前から、自社のカタログに「木造軸組み住宅」を追加しました。 どうしてこのような流れが生まれたのでしょうか?

 今でも立派に非木造住宅を「生産」しているあのハウスメーカーが、今までのことはなかったかのように「木造」といい、「軸組み」を標榜しています。失笑してしまいます。
 実際に建築現場を見てきましたが、およそ「木造軸組み」とは呼べない代物ばかりでした。

 元々鉄やコンクリートしか扱ってこなかったハウスメーカーですから、まともなものなど出来っこありません。こんな「家」のことを「木造軸組み」として販売すると、またしてもユーザーの無知に付け込むようなものじゃないか。
 企業としての良心とか誠意とか、どこにあるの?とも思いました。

 最近は耐震、制震、免震という名称を作って、対地震用の住宅を宣伝しています。

 全くアホなことだと思います。

 ユーザー(住まい手)を、よくここまで愚弄できるもんだと思います。

 最近地方の小規模工務店さえも、対地震用住宅を宣伝するところが出始めました。この場合は、元々家づくりということを金儲け程度しか考えていないから、つい大手ハウスメーカーの尻馬に乗って、便乗しようという魂胆が見え見えです。

 小さい工務店であるほど、地場に密着したしっかりポリシーを持って、それを貫く姿勢がなくては、本当の信頼は得ることができないと思います。なぜならば大手のように全国のユーザーを対象にすることは不可能だからです。弱小工務店は大手の真似をしたら、間違いなく滅びます。

 大手はイメージで顧客をラップすることを考えます。単に技術だけなら、大した違いがないからです。
 弱小工務店はイメージで顧客を捉まえることができません。そんなお金も人材も持っていないからです。取り扱う商品だって、そこら辺の材木屋か建材屋が取り扱っている範囲から一歩も出ません。であれば、技術力一本で勝負するしかないのです。

 だから技術力を持てない弱小工務店は、滅びるしかないのです。技術力を向上させ、それで勝負していくことを繰り返し、初めて地場の評判が上がるのです。

 営業と称して、地元を巡回したり、昔から付き合いのある人を訪問営業していても、自分が歳を食えば食うほど、次第に弱体化していくものです。接客態度やフォロー営業などは、大手のハウスメーカーには敵いません。


 ちょっと脱線しました。

 日本人は近くの里山を通して自然と接してきました。
 そして日本の旧来の建造物のすべては木造だったという事実は、何を物語っているのでしょうか?

 別に石がなかったわけでも鉄がなかったのでもありません。
 簡単に言えば、もっとも身近にあったわけです。そして木の良さを知っていたからです。

 日本人の食習慣も影響しているかも知れません。日本人は海の幸だけでなく、山の幸を求めて生活していました。木の実や果実など、大地に生える食物だけでなく、木になる食物も知っていたため、人は河川のある沿岸部か土地の肥沃な山地に集中していました。

 そしてそこにある自然の変化や生み出すものの背景に「神」の存在を見ていました。

 鉄には「神」は宿りません。「神」の宿る石もありましたが、それは建造物の礎石や彫刻を施した神仏体ぐらいです。
 日本の貴重な彫刻物のほとんどが木を素材にしていたのは、決して偶然ではないのです。

(次に続く)※ちょっと脱線した部分の方が多くなりました。ごめんなさい。
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-13 18:35 | 木 無垢材 自然

日本人が日本人であることに気付くときとは?

 やはり日本にあって、日本人の肌にぴったり来る家とは、梁や柱が室内から見える(現し仕様といいます)木によって建つ家しかありません。

 日本人の特性は、自然を大事にします。しかしながら村根性の強い民族性のためか、一歩領域外に出ると、自然はおろか、人や社会に対して無関心になる傾向があります。
 これは村根性だけでなく、周りを海に囲まれ、目に見える国境がないため、いわゆる“際”に対する意識が薄弱な点も強く影響していると思います。

 とはいえ、米国や中国などの大陸にある国は、国内の治安や環境に対して無関心な傾向があることも否定できません。これが「大陸的」と呼べるかどうか分かりません。

 家庭から出る洗剤や廃油は、下水に垂れ流し。それはやがて河川を汚染し、近海を汚していきます。日本の企業は、その際たるものでした。チッソの水俣病やカネミによるPCB混入オイルその他諸々の企業による「公害」が発生して、今でも被害者は後遺症に悩んでいます。
 企業という村は、自分の村内はきれいにするものの、自分のところで作ったゴミは平気で外に捨てます。

 日本でこんな情けない現象が発生し始めたのは、敗戦後の高度成長期からです。

 それまでの日本は、良くも悪くも地域内のコミュニケーションは程よく維持されていたと思います。向こう三件両隣。町内会。頼母子講。消防団。影の意味での村八分。

 昔は家を建てるときには、そこの住まい手は、その業務に従事する人たちを丁寧にねぎらうことが当たり前でした。お茶やお菓子を出したり、上棟のときには、上棟式に使った山菜や魚を棟梁に差し上げたり、近所には挨拶代わりに餅まきをしたりと、大いに氣を使うことは、当然の礼儀でした。

 今はどうかというと、2000年以降、特に顕著になりつつありますが、上棟式そのものをしない。もちろん餅まきなんか以ての外。近所への挨拶は、入居してから考える。
 これじゃ、神社の神主さんや餅屋は、商売あがったりです。縁起担ぎは、私も好きではありません。何の意味もありません。でもこれが人とのコミュニケーションのための方便であるなら、ぜひとも実行した方がいいとも思います。

 話を元に戻しましょう。
 日本人は、「自然の恵み」というものに敏感です。だから道祖神なども含めて、山の神、海の神、水の神、大地の神等々、自然現象の背景に神の存在を見て来ました。
 これをアニミズムという言葉で一括りすることは正しくありません。アニミズムは、仏教やキリスト教と比べて、原始的というわけではありません。確かに未分化な点は否めませんが、それは民族や人の心性を表しているからです。

(次に続く)
by MUKUZAIKENKYU | 2005-11-11 12:29 | 木 無垢材 自然