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日本と日本人のための制度を

 制度について、フランスの制度分析派の学者ルネ・ルローは、「制度とは政治的無意識である」と述べています。

 これは日本語的に直すと「黙契」という言葉になると思います。黙契とは暗黙の了解とも訳されますが、いわゆる社会的な制度として了解されているものは法律の枠内で機能しますが、ときとしてその枠を逸脱することも多いのが制度です。

 なぜならば制度とは法律的な拘束や掟といった不文律によって成立しているため、ハードとしては機能していないからです。

 一般的な違法行為とは異なり、直接犯罪にはならないが秩序を乱す、あるいは士気に影響するというある程度個人の判断力に依存するものであるため、制度はタイミングを失うと、途端に人間の正統な自由な要求に敵対するように機能し始めるのです。

 それはとりわけ婦女子や高齢者、子どもなどの社会的弱者に集中します。

 その理由はそういった制度を作り、また維持しようとする中心的な存在が社会的中心に位置する人々によって行使されるからです。

 現代の日本の諸制度の欠陥の主な原因は、昔から存在していながら放置していたことによって、順次集成適応させていくという当たり前の改善措置を講じようにも、もはや抜本的な変革無しには手の施しようがないほど陳腐化していることにあると思います。

 病気と同じように、初期の内なら簡単な処方からある程度の入院措置などで対処できるのですが、命に関わるほど放置していると、限定的な措置では間に合わず、患部そのものを取り除いたり、副作用を前提にした大手術をしなければならなくなるのです。

 小泉元首相も実行しようとしましたが、米国従属の発想から逃れられなかったため、反って日本の制度の矛盾を拡大してしまいました。
by MUKUZAIKENKYU | 2007-11-23 19:05

制度疲労と機能停止

 前回では社会とは下部構造と上部構造によって成立していることを説明しました。

 上部構造はイデオロギーともいわれます。利害の確保と拡大を目指すことは社会の必然的な動きですから、イデオロギーとは何かの利害を代表し、遂行するものとして機能します。その中には文化や歴史も含まれます。

 日本は明治維新以来非常なスピードで発達を遂げてきましたが、太平洋戦争に突入する際の戦略的な発想に乏しく、武器や兵站の確保にあまりに無頓着であったため、4年間に300万人以上の死者を出して敗戦してしまいました。

 戦争は果てしのない資源の蕩尽です。勝てばその資源は取り戻すことができますが、負ければすべてを失います。
 日本はその敗戦によって、占領軍によって日本と日本人の文化や精神をとことん去勢され、欧米型の民主主義的なるイデオロギーを受け入れざるを得なくなりました。

 日本は元々エネルギー資源、とりわけ金属と石油を100%海外からの輸入に依存しています。これは戦前もまったく同じでした。そのため日本は常にエネルギーを海外に求めるしか能がありません。

 太平洋戦争はまさにそのエネルギー補給の道を断たれたことから始まってといっても過言ではありません。そういう意味では日本の諸制度は実に脆い基盤の上に成り立っているといえると思います。

 敗戦後は米国という強大なエネルギー大国に一方的に依存せざるをえない社会システムが導入され、日本はそれに甘んじてきました。
 米国は毎年のように日本の構造「改革」という名で制度的な「改善」を要求していますが、政治も経済も、日本人が日本人のために根本的に発想した法律や制度はほとんどないのが実情です。

 それは日本的な制度的一貫性を持てないことにつながります。すべてが米国の一貫性のある要求をほとんど鵜呑みにしてきたからです。

 そういう意味では日本の政治や行政は常にご都合主義として動くことになります。要求に従って構築する制度には、本来当初から絶対不可欠なヴィジョンが存在しません。ヴィジョンのない制度は、ある程度の効果を出すものの、時代に対する適応力がないためにすぐに硬直化してしまう運命にあります。

 すぐに化石化してしまう制度を意味もなく維持貫徹させるためにしか働かない機構を維持するために、官僚主義行政が突出する社会を構築してしまうと考えられます。

 こういった事情の元で生まれた行政機構や制度が、日本人のためやまた国民のためにと発想する視点から生まれることがないのは自明の理といわざるを得ません。
by MUKUZAIKENKYU | 2007-11-18 18:45 | 木 無垢材 自然

日本の行政が頓珍漢な理由 1

 日本の立法と行政は、戦後とりわけちぐはぐな取り合わせばかりで、有機的に連関していません。だから国民に対する福祉等の諸政策は時代の進行からいつも大きく立ち遅れているため、必要なときに必要な内容で機能することがないことで多くの国民が救済されずにいます。

 その原因はいつも言及されていますが、日本の硬直した省庁間の行き来のない縦割り行政が挙げられます。でも果たしてそうでしょうか?

 かつてマルクスは資本論の中で、社会を下部構造(土台)と上部構造に分けて、下部構造たる経済制度とイデオロギーの反映としての社会的な政策の上部構造との相互作用(社会的諸関係の総体的表現)について言及していました。

 そこから考えると、これまでの日本の政治はすべて自民党の思想を敷衍したものです。たしかに野党との駆引き上100%反映されたものとはいえないでしょうが、実際に政官業の上意下達の歴史とは言えるでしょう。

 最近は時代の変化についていけないことが行政の未機能の原因のひとつにあげられることが多いのですが、それは結果であって原因ではありません。

 政官業を一種の利害集団として考えれば、労農もひとつの利害集団です。どの時代や世界にあっても、利害と権力が結びつけば、その利害の保守と拡大のためにすべての諸策が行政機関を通じて遂行されることになります。

 利害が対立する集団は、権力がないために、必然的にその政策のカヤの外に置かれることになります。

 会社組織でも、経営者がいて、中間層と実戦部隊たる労働者で構成されていますが、実際の舵取りは経営者層が担い、現場単位での戦術展開は中間層と労働者層が担当します。
 経営者が自分の利害だけを優先すれば労働者の権利が保障されることがありません。逆に労働者がその利害を会社に求めれば、その会社組織の将来性は大きな危機に立たされることになります。

 マルクスの理論は巷で言われているようなちゃちなものではありませんが、階級史観といういわゆる資本主義社会では永遠に解決できないものとして階級対立があることを前提にした発想があります。

 でもそれはたしかに存在するものの、人間の心の領域を規定するものではありません。また社会自体の存亡に関わるとき階級史観よりも人間の相互扶助の方が優先されることがあります。

 マルクス主義では、この階級対立を何らかの方法で止揚する必要と必然性を解いています。それがその当時では「内乱」であり「革命」でした。

 でもそれを追究した社会はことごとく瓦解してしまいました。世界中ではいまだマルクス主義を標榜して「武装闘争」を持続している手段がありますが、その内実はほとんどが民族間闘争であり、民族解放闘争です。

 だからその闘争が一応の成果を収めて社会が安定し始めると、瞬く間に統制の強弱差はあるもののいわゆる資本主義社会に「変化」してしまうのです。つまりそれまでの闘争とは、革命と称して実質的な解放闘争の次元から一歩も出ていなかったといえます。

 それはひとえに所有する者と持たざる者との闘いなのですが、ここで立ち返って日本の制度が機能しないとき、その弊害として官僚主義機構が必ず上がるのですが、そこにはマルクスも考えなかった独特の利害集団が強固な権力を行使しています。
(つづく)
by MUKUZAIKENKYU | 2007-11-17 10:40 | コラム 政治・経済・社会