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春真っ盛りですね!

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上の写真は、事務所近くに佇む紅いハナミズキの木

昨日からの雨で、ハナミズキの花もかなり散ってしまっていました

でも春真っ盛りです!


ゴールデンウィークの中休みのような月末は

いつものように支払や回収、その他諸々忙しい

でもこんな忙しさは本物の忙しさとは別物です


明日から5月に入りますが、嵐の前の静けさです

これからジワジワと懸案物件が動き始めます


本社のある北九州は、2件だけと少々お寒いのですが

福岡では10数件待ち構えています


ゲインのやるべきことから考えると、あと50件以上は

最低でもご指定をいただかなければと思っています


別に注文が欲しくていってのではなく

ゲインのご紹介している「無垢の木たち」は

もっともっと高く評価していただいていいと確信しているからです


ゲインの宣伝も含めた情報発信がまだまだ不足しているのでしょう

頑張らねば!


先月の30日に、母が他界して、今日で初命日となりました

人がいれば、命日法要を催すのですが、核家族化と月末が重なっては

どうにもならんのです


お寺に相談したところ、3日にいたしましょうということになりました

母親の望んでいたであろう生き方を実現するためにも

少しずつではあっても、確実に使命を実現していきます



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ニッポンのホントに優秀な無垢の木を住まいに!
by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-30 15:50 | リッチな人生

COPDの怖さを知っておきましょう

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今朝の空気は、一面霧の中です

雨が降りそうではないが、ちょっとヒヤッとする朝でした

今日も頑張ってまいります!


ところで、COPDってご存知ですか?

喫煙者特有の肺疾患のことで、以前は一括りで「肺気腫」と呼ばれていました

実は、今年の1月下旬に、これが原因で、知り合いが亡くなりました

まだ60台半ばだったのですが、この数年間は酸素ボンベなしには生きていけない状態だったそうです

最後には、「肺気腫」と「間質性肺炎」を併発して、呼吸不全となりました



私はそんなことは知らずに、今年の元旦から禁煙を実行していました

不思議なことに、禁断症状なしに、まるで憑き物が取れたみたいに

あっさりと禁煙に成功しました…と思っていた


禁煙を始めて2月半が過ぎた頃から

何かおかしい、何か体調に違和感が生まれてきたのです

すると、再び何か別物の存在が取り憑いたかのように

心臓を握りつぶされそうなほど実体感のある「うつ」が襲ってきたのです


これには正直死ぬほど苦しみました

まさに世間で聞く「鬱」症状が波状的に襲ってきました

それから2ヶ月が経ちましたが

その間いろんなことが入れ替り立ち代りに起こって

半ば強制的に、この「うつ」から抜け出せたのです


心臓の症状は、心理的反応の結果でした

もっといえば脳の発信した信号が、心臓に出たといえます

その心臓の受け止め方が分からないと、「うつ」に対抗することは出来ません


喫煙習慣により、健常者が当たり前に行う脳のドーパミン発生が極端に抑制されて

喫煙なしには気分を正常に維持できなくなった肉体は

やはり普通ではなかったのですね~


私の場合はニコチンガムを利用しながらの禁煙でうまくいきましたが

でも精神変調に対する予防あるいは心構えは必要でしょう


禁煙で発生する「うつ」は精神病ではありません

脳が健全化する過程に発生する過渡期の一時的症状として

事前に理解しておくことが一番いいのだけど


その上で「どっからでもかかって来やがれ」と腹を決められれば

必ず禁煙に成功するだけでなく

精神面も更に蘇生強化できるはずです



今日のテーマとは関係ありませんが

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by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-18 09:56 | リッチな人生

4年前のブログから

木の住まい取扱説明書 木の輝きはリッチの源!

日本の住まいを良くする無垢材研究会   木の案内舎ゲインのゴトウです



 瞑想の時空から


 おまえは、どこから来て、そして今どこに行こうとしているのか。おまえの実相を見極めよ。

 これまで生きてきて、身につけたであろう処世の術は、便利ではあっても、その分おまえを雁字搦めの不自由で、弱々しい存在に仕立て上げてきたのではないか。

 見栄えのする権力や資産は、あって困るものではない、むしろあった方が、この世では生き易い。しかしそれらを得れば得るほど、自分自身の真の姿からドンドン遠ざかっているのではないか。

 否、真の姿から遠ざかるようなものを選択した結果、これまでに身につけたものが、自分の真の成長と発展を、ある時点から阻害する要因となるといった方が的確だろう。

 それが分かったそのときから、自身の発展的な解体作業と建て直しを実践しなくてはならない。


 素に戻ること。元素、素粒子の有機化学的統一体は、遺伝子の中に生命の連鎖と進化を組み入れた。それだけでも十分に「生きる」ことができる。が、・・・

 人間存在は、独りとしての自由と同時に、独りではなしえない条件の中で生かされている。だから人・間なのだ。ひと・間・ひとの存在が人間であって、間の無い人間は存在できない。

 人間は、中間子であると同時に電子でもあり、陽子でもある。客観的には相対的だが、それぞれにおいては絶対的な確信とシンクロニシティを感動とともに「経験」する。


 瞑想という体験は、私の実相を暗示的な動画として見ると同時に、その中で私という役者が感情を伴いながら現れる。見ると同時に見られ、見るという経験と演じるという経験が共時的に存在し体感できている。

 素に戻る、・・・自分自身に正直に行動する・・・心に忠実に生きる・・・いろんな表現はあるものの、実際にそれを瞑想の中で体験すると、自分の中にこれほどの力があったのかと驚嘆します。

 そしてその驚異的な力を持っていながら、それをそのままに活かすのではなく、使い方を誤ったり、変な世俗的な知識で覆ってしまっていたり、感情的な曇りで去勢していたりと、この数十年間は、一体何のために生きた人生であったのかと猛省してしまいます。

 この世とそこで生きる多くの人々には、この世界を解釈するために時を費やしている人とこの世界を変えるために命を燃やしている人とがいます。

 どちらの方が良いというのではありません。むしろ直観的に「解釈」して、情動的に行動する方が、途上間違いや失敗はあるものの、いずれ必ず世界を変えることができます。

 変えるとは、外界を変革するだけではありません。目標を達成することでもあり、自分自身を成長させることでもあります。だから人間は中間子であると同時に電子でもあり陽子でもあるのです。

 生命として個性として一個としては独立しているが、一個では何も為しえない存在。個のままでも良いが、個から、敢えて離れなければ力を出しえない存在。しかも巷に常識としてまかり通っている知識や通俗認識を捨て去らなければ、そこに辿り着けない=素に戻れない。

 つづく
by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-17 20:52 | リッチな人生

遠くの山が青く見えるわけ

日本の住まいを良くする無垢材研究会   木の案内舎ゲインのゴトウです


 ゲインでは、無垢の木にこだわればこだわるほど、木に塗る塗料の問題を避けて通るわけにはいきません。

 木の塗料も、国によってかなりの違いがあります。米国などでは、塗料はペンキと相場が決まっています。しかも木目を消すベタ塗りが主流です。だからか、米国の家では、無地の色が際立っているようです。

 ヨーロッパでは、植物成分を利用した塗料を利用することが多いのですが、かなり厚塗りをするせいか、濃い色が目立ちます。


 じゃあ日本ではどうかというと、できる限り木肌がそのまま見えるような塗装が好まれるようです。木の自然な経年変化を楽しむという文化があるのと、法隆寺のような世界最古の大型木造建築物のある日本では、木肌をそのままにしておく方が自然と感じるのだと思います。


 でも世界的な現状は、石油から精製した塗料が圧倒的に市場を制しています。エコの本家ともいえるドイツでも、実情は同じのようですが、それでも真剣に黙々とエコロジーを追求している企業がたくさんあるところが、日本とかなり違うところです。


 塗料の製品の話は別の機会に譲るとして、今日は成分の話です。

 植物成分で、最も広く利用されているものが、テレピン油です。テレピン油から派生した成分がテルペン。

 どちらも松脂から採取して精製した油で、前者は主に油絵の具のうすめ剤として、後者は塗料の主成分として利用されています。どちらも大きな違いはなく、独特の芳香を持ち、空気を清涼にしてくれます。もちろん無害です。


 樅の木などの針葉樹から発生する成分のひとつに、アルファピネンがあります。それはフィトンチッドと呼ばれる殺菌作用があり、腐朽菌や、ダニ・ゴキブリを寄せ付けない成分でもあり、人が吸収すると、呼吸器を中心として体内の雑菌を駆逐してくれるのです。

 アルファピネンは、元々はピネンがユニット呼称で、αとβがあります。ピネンはPINENE、後ろのNEを取ったら、PINE=パイン。松を表しています。ピネンは松そのものの成分なのです。

 日本では、白砂青松という言葉があります。海岸の美しい光景を表す言葉の一つですが、この青松という言葉が肝心です。

 実際の松の葉は緑色をしていますが、なぜか青と表現しています。おかしかないか?と思われるでしょうが、この松林もそうですが、遠い山々を見ると、実際にほんのりと青く見えると思います。

 この青色が、フィトンチッドが青色を反射して見える現象なのです。


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 この成分を含む塗料を使用したとき、そこは必然的に森林浴の空間に変身するというわけです。しかもばい菌というばい菌を死滅させる殺菌成分でもあるので、樹が腐ることなく成長し続けることができるのです。

 テレピン油は、その成分を含んでいるため、撥水性は元より、抗菌、空気清涼化の効果も期待できるのです。もちろんこれだけで、塗料としては使えません。それ以外の植物成分で調合して、塗料としてデヴューできるのです。

 そして無垢の木の表面を被膜で塞ぐことがないため、木の調湿効果や木本来の性能を損なうことがありません。


 時々見かけるのですが、FDA(米国食品衛生管理局だったか?)の認可成分を使用しているからという理由で、イソパラフィンという石油系溶剤を使用している「自然」塗料があります。

 はっきりいって、石油系の溶剤を使用しているものに安全なものはないと断言できます。EU圏では、イソパラフィンは肝機能障害を惹き起こす有害塗料として認知されています。

 国や法律で認可されているから使用するという発想は、極めて危険です。薬品公害にしても、いつでもかなりの被害者が発生してからしか規制されない事実から考えれば、単なる許認可にアイデンティティを持とうとするのは、販売者としての良心を疑われても否定はできないでしょう。


 シックハウス症候群でしても、その症状は単なる皮膚病の症状からパニック障害ではないかと思えるような発作を伴う症状まで幅があるのです。

 無垢の木を使ったから、自然の中に居るとか、健康に良いと、短絡的に考えると、大変なことになりかねないのです。なぜなら、塗料を塗れば、木そのものではなく、塗料の成分を仲介して呼吸しているからです。

 本当に人やペットの健康のことを考えるならば、木と同じくらいに塗料にも見識を持たなくてはならないでしょう。


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by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-17 10:00 | 木 無垢材 自然

アヤスギの産地には人の想いが詰まっています

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ここは、とあるアヤスギの産地


間伐作業が一段落したばかりで

次の連休中には、一般市民に開放するそうです


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一旦人の手が入った山は、永続的に手入れし続けなければ

山は簡単に荒廃してしまいます

自然の生態系は人工的な作品に変貌してしまったからです


それが悪いとは思いません

人間は経済活動なくして成長を得ることはできません

ただ百年の計の元で、今を考えなくてはならないでしょう


目先のことにこだわり、溺れる過ちは、

これまでも数え切れないほど繰り返されてきました

もうそろそろ本物の知恵を身に着けて

我々の子孫のために行動すべきでしょう

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by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-16 10:02 | 木 無垢材 自然

今を生きる生かす意味

「死の瞬間、神と対面するとき、私たちは愛について審判を受けるのです。
何を成し遂げたかではなく、“自分の行いにどれくらいの愛をそそぎ込んで来たのかが重要なのです”」。

愛されることより、「愛する」ことを。
理解されることよりは、「理解する」ことを。


上の言葉は、マザーテレサ


キリスト教では「愛は神なり」です

仏教においては「慈悲」となります

日本神道においては、それは「感謝」になるでしょうか


神道は、宗教ではありません

日本独特の精神文化と人間を取り巻く全ての自然に対する感謝が形となったものと思っています



神社とは、そういった自然を大切にしてきた人の想いが結集したところ


神社といえば、何かお願いをする場所のように思い込んでいる人が多いのですが

実相は「感謝を捧げる場所」なのです


いつの間にか「稲荷神社」のように現世ご利益を願う場所も生まれましたが

それは人の世は、生と死のはざまで起こる諸々のことに対処して

生きる勇気を得るためでした


死の恐怖を遠ざけ 災厄を避け

子孫の繁栄のために金運と開運を祈る場所ともなったのでしょう


でもこの真実を知っている人は、神社に参拝する際は

決して願い事はしません 感謝の念を捧げに参るのです


またそれこそが開運の秘訣ともいいます

神社の御神体に「鏡」があります

鏡は、その人の思いをそのまま反射する(=還す)ということです


先のマザーテレサの言葉は、まさに「もらうこと」「受け取ること」ばかりを優先して生きる人生のお粗末さ貧困を糺し、

「与えること」「ものや人を愛すること」が

実は自分の人生を真に支え、またその後についてくる子孫の繁栄を

約束する心構えであることを示唆しているのですね~!
by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-06 14:35 | リッチな人生

生きて生かされて

生を得て

この世に生きて

そうして例外なく

すべての生命は死を迎える


この当たり前の真実を

この絶対的な真理を目の当たりにして

人類は

生ある内に

文化を 文明を造ってきたのだ


生が死と死のはざまにあるのか それとも

死が生と生とのはざまにあるのか

分かっていることは

人は有限の生の合間に

必死になってモノを造り

つなげていく生物ということだ


先月末に

私の母が他界した

病気と格闘すること、二十数余年


その間、死線をさまようことが二度あった

そして昨年末より容態が悪化

今年に入って、一旦は持ち直したときもあったが

ついに力尽きた


これまでの二度は「頑張れ!」と

快復することに願いを込めて付き添った


しかし三度目になる今回は

母の病気と闘う姿が

あまりに痛々しく

快復することは願うものの

同時に「楽になってもいいんだよ」と

母をなだめる自分がいた


八十半ばを過ぎた母に

ついに二度と会うことができなくなった


急に猛烈に寂しくなった

一人でいることが耐えられそうになくなった

心が弱くなったんじゃない

「俺は、子どもだったのだ」と痛感する


そして今どこまでも想う

ありがとうございました、と

生かされてきた人生に、改めて心底気づくことができました

by MUKUZAIKENKYU | 2013-04-03 18:45 | 倫理